介護・福祉施設の労働問題について弁護士が解説!

1 介護・福祉施設を運営する業界の特徴・労働問題

 介護・福祉業界は、少子高齢化に伴い高齢者の数は増加する一方、実際に働くことのできる人材は少なく、また、ハードな労働、待遇の問題からも、常に人材不足と言われています。そして、非正規労働者に占める割合が他の業種に比べ多い状況です。加えて、交代勤務や深夜勤務などもあり、労働時間や健康管理が難しいという問題や、職員間や利用者からのハラスメント、役員や従業員による独立開業の問題もしばしば起こります。

 

2 労働時間管理 

(1)労働時間制

 介護、福祉業界において、実態に即した労働時間制を採用する必要があります。24時間施設を運営する場合には、1ケ月単位の変形労働時間制が採用されていることが多いですが、その場合、時間外労働の管理は特に重要です。具体的には、例えば、1日8時間以内のシフトの場合は、8時間を超えた部分が割増賃金の対象となる時間となり、1日8時間超えのシフトの場合、たとえば、あらかじめシフト表において勤務時間が9時間とされている場合は、9時間を超えた時間が割増賃金の対象となる時間となることになります。 

 また、3交替制(日勤・準夜勤・深夜勤)の8時間勤務である場合は、歴日(要件が備われば終業の時刻から始業の時刻まで)連続して24時間休息を与えることで休日を取得したことになります。労働基準法では原則として週1回の休日を与えることが義務付けられていますが、変形休日として、4週間に4日の休日を与えることで、週1回の原則の休日を与える必要はないということになっています。介護の現場は、慢性的な人手不足なので、この変形休日を考えるのであれば、歴日(もしくは、連続した24時間)の休息が確保できているかどうかに注意を払う必要があります。

(2)労働時間の適正な管理

 使用者には労働時間を適正に把握するなど労働時間を適正に管理する責務があります。「労働時間」について正確に把握したうえで、各労働者の労働時間の適正な把握に務めなければなりません。

 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置として挙げられている事項は、始業・終業時刻の確認及び記録(使用者の現認、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること)です。

 介護事業所においても、タイムカード打刻前に、ミーティング、掃除や準備をしたり、打刻後に、日報や引継ぎ事項の記入、当日の報告等を行っている場合は適正な記録とは言えません。当該時間も労働時間として把握しなければならないものだからです。

 仮に、自己申告制による場合には、労働時間の実態を正しく記録し適正に自己申告を行うことについて労働者に十分な説明を行うこと、必要に応じて実態調査を実施し、実態と合致していない場合は補正をすること、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めないなど、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないことに注意が必要になります。

 

3 健康配慮義務の履行

 介護、福祉業界は、肉体的にも精神的にハードな業務が多いですから、ケガをしたり、病気になることも十分にありえます。

 労働安全衛生法では、衛生管理者や産業医の選任、衛生委員会の設置が義務づけられています。それに加えて、使用者には、労働者の安全や健康に配慮する義務である安全(健康)配慮義務があり、その義務に違反すれば、民事上の債務不履行に基づく損害賠償責任等、様々な責任を負うことになります。

 介護や福祉事業所としても、どのような時に、どのような理由で責任を負うことがあるかについて、十分に理解していなければ、紛争が激化し、問題が長期化してしまいます。安全配慮義務の具体的な内容は、(1)労働者の職種(2)労務内容(3)労務提供場所等の具体的な状況によって異なるため、事業所ごとに危険性や有害性等の調査を行い、その結果に基づき必要な措置を講ずることが必要になります。

 また、過度な労働や職場の人間関係でストレス過剰になる職員が増えています。これを受け、2015年には心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)の実施が義務化されました。職員のメンタルヘルス不調を予防する取り組みのひとつが、ワーク・ライフ・バランスの実現です。ワーク・ライフ・バランスの実現は、職業生活におけるストレスを軽減し、職員の生活全体の質を向上させます。また、より直接的なメンタルヘルス対策の方法として、個々の職員に対するメンタルヘルス教育や研修の実施、情報提供などがあります。いつでも相談できる社内カウンセラーを設置することも有効です。

 労働時間の問題も、健康にとって重要です。使用者として職員の労働が法定労働時間を超えないような措置や対策を講じていく必要があります。

 長時間労働が常態化している職場には、労働時間を「見える化」する、有給休暇の取得を推進する、管理監督者に対するマネジメント研修を実施するなど、長時間労働をなくしていく対策が必要です。

介護施設の従業員(介護ヘルパー)が腰痛を発症したことについて、会社の安全配慮義務違反を認めた裁判例(千葉地裁木更津支部平成21年11月10日判決労判999号35貢)もありますので、メンタル面だけではなく、肉体面の不調も注意が必要です。

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4 非正規社員に関する問題

 パートタイム・有期雇用労働法では、非正規雇用労働者と正規雇用労働者との間で、賃金や福利厚生などにおいて、不合理な待遇差が禁止されています。2021年4月からは、中小企業にも同法が適用されています。基本給やボーナス、各種手当、福利厚生、教育訓練などの待遇において、不合理な差を設けることが禁止されています。

 正規職員の待遇と非正規職員の待遇を合理的なものにするというものですが、その待遇差が合理的か不合理かの最終判断は司法の場に委ねられることとなります。そうならないためにも、労使間で待遇のあり方について十分に話し合いながら点検・作業を進めていく必要があります。

 「非正規社員だから」という理由で待遇を正規社員よりも劣るもとすることは当然許されません。待遇差がある場合には、待遇差の理由を確認し、客観的にも不合理でないといえる根拠を整理しておく必要があります。現実問題として、「非正規社員だから」という理由のみで、正規社員との待遇差があるのであれば、制度自体を抜本的に見直す必要があります。

 

5 退職・引継ぎに関する問題

 介護業界は人材の流動性が高く常に人材不足の業界と言われています。

 人材不足の業界では、突然の引継ぎなしでの退職が後もたちません。

 例えば、無断欠勤が続いて本人と連絡がとれない場合はどうすればいいのでしょうか。事業主としては、本人が出勤してこないので退職したものとみなして、退職の手続きをしてしまった後に、本人が急に出勤してきて、「退職する意思はない。これは解雇だ。」と言われるケースがあります。このようなケースにも対応できるように、あらかじめ就業規則の中で、「無断欠勤が継続して2週間経過した場合には退職とする。」というような規定を作成しておき、入社時や研修時などに説明しておく必要があります。

 また、「引き継ぎを行わず退職する」労働者を出さないよう、事前策を講じることが望ましいといえます。

①退職予告の期間の伸長

 まず、退職届の提出日について、就業規則に「退職の30日前までに退職届の提出を要す」旨を規定し、退職予告期間を伸長し、その間、引き継ぎを行わせることが考えられます。

 しかし、この場合でも、使用者は「労働者がこのルールを守らないので、退職を認めない」とすることはできず、通常どおり、労働者の解約の申入れの日から2週間が経過すれば、退職の効力が発生する(期間の定めのない雇用契約の場合。民法627条1項)点に留意する必要があります。

②退職前の年休申請に対する時季変更権の行使

 次に、退職に当たって、この労働者が引き継ぎを行うことなく、未消化の年休の取得申請をしてきた場合、使用者は、「事業の正常な運営を妨げる」として、取得の時季を変更して引継ぎを行わせることが考えられます(労基法39条5項但書)。

 しかし、そもそも退職日を越えた時期変更はできませんし、また、客観的にみて「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらなければ、年休使用の申請を拒否できません。そして、通常の場合、1人が引継ぎなく退職しても「事業の正常な運営を妨げる」という状況は生じないことがほとんどですので、年休使用を拒否できる場合は、極めて限られてきます。

 このような場合、あとは、使用者と労働者の話し合いにならざるを得ず、労働者の理解のもと、合意により退職日を先に延ばすなどしたうえで対処することになるといえるでしょう。

③ 退職金不支給規定

 労働者が「引継ぎ業務をしなかった場合、退職金の一部又は全部を支給しない」などの規定を、就業規則・賃金規定などで明定していれば、その違反の程度に応じ、こうした退職金の減額・没収、その他の懲戒処分のあり得ることを警告して引継ぎ業務を促すことは可能です(退職申出後2週間正常に勤務しなかった場合には退職金は支給しないことが認められた大宝タクシー事件・大阪高判昭和58・4・12労判413号72頁参照)。

 もっとも、その場合でも、引継ぎ自体の強制はできません。また、労働者に対する“不意打ち”防止のためにも、減額や不支給事由については、具体的な記載をしておくことが必要です。そもそも、退職金の「賃金後払い的性格」からは、引継ぎをしなかったことのみで、これを全額(場合によっては一部)不支給とすることは困難です。仮に減額が認められるにしても、その幅については、引継ぎ義務違反の重大性と、これまでの功労とのバランスで検討されることになるでしょう。

 以上のとおり、就業規則等における引き継ぎ規定の整備はもちろん、それを労働者に周知するとともに、日常的に労働者との間で信頼関係を結び、引き継ぎが円滑になされるように環境を整えておくことが重要となるといえるでしょう。

 

6 独立・転職に関する問題

 介護、福祉業界は専門性が高く、顧客と個人的なつながりも強いため、職員が利用者との関係を維持したまま独立することがしばしば起こります。このような競業行為を禁止するためには、退職・独立する際には、競業避止の誓約をさせることが重要です。当該競業の制限は、制限される期間、対象となる職種、対象となる地域、代償措置の有無等有効性が認められるためには一定の要件は必要となりますので、詳細は、当事務所にご相談下さい。また、在職中にも、競業行為の禁止等につき十分に周知しておくことが有用です。

 

7 従業員に対するハラスメント・利用者その家族からのハラスメント

(1) 従業員に対するハラスメント

 介護・福祉業界は人間関係が密になるため、従業員間のハラスメントも後を絶ちません。昨今、法改正により、「職場におけるセクシュアルハラスメント」「職場における妊娠・出産・育児等に関するハラスメント」の防止対策も強化されています。職場におけるパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントなどのハラスメントは、働く人が能力を十分に発揮することの妨げになるばかりか、その人の尊厳や人格を不当に傷付けるといった人権に関わる許されざる行為です。会社・事業所にとっても職場の秩序の乱れや業務への支障が生じたり、貴重な人材の損失にもつながり、社会的評価にも悪影響を与えかねません。ましてや、ハラスメントに起因して訴訟提起されれば、使用者が多大な賠償義務を負う可能性もあります。使用者としては、「ハラスメント対策規程」を作成し、適切な雇用管理上の措置を講じる必要があります。なお、令和3年介護報酬改定において『介護人材の確保・介護現場の革新』の「介護職員の処遇改善や職場環境の改善に向けた取組の推進」の中に「ハラスメント対策の強化」が明記されました。 職員の精神面の安全や健康を考えるとき、職場の人間関係にも十分に配慮し、ハラスメントがなかったか慎重に確認する必要があります。

(2)利用者及びその家族からのハラスメント

 これに加えて、介護、福祉業界では利用者やその家族からのハラスメントが大きな問題になっています。使用者としてはこの問題にも適切に対応する必要があります。厚生労働省もこの問題に向けた対策を積極的に公表しています(介護現場におけるハラスメント対策 (mhlw.go.jp))。マニュアルも公表されており、ハラスメントの実態、対策の必要性、事業者の取り組み、などが確認できます。①ハラスメント対応マニュアルを作成する、②介護職員が相談しやすい窓口を設置する、③ 担当者を変える、④2人以上で対応する、⑤介護サービスの質を上げることなどが必要になります。適切に対応しないと、従業員が離れ、更なる人材不足となるばかりか、職場環境を適切に調整しなかった等安全配慮義務違反を履行していないとして損害賠償請求される可能性もあります。介護職員が、利用者・家族からハラスメントを受け、メンタルヘルスを害して離職した場合、安全配慮義務違反を理由に、治療費、休業損害、逸失利益、慰謝料などで数百万円の損害賠償請求をされるリスクがあります。

 使用者としては、①契約時に、ハラスメントを許さないこと、契約解除がありうることを説明する、②契約書の書式に手を加えて、契約時に交わす契約書の解除条項に、ハラスメントの具体例を例示しておく、③防犯カメラ、レコーダー、複数人対応、日誌等での細かな記録をする証拠を残すことができるように活動することが肝要になってくるでしょう。

 

8 介護・福祉業の方にロア・ユナイテッド法律事務所がサポートできること

 ロア・ユナイテッド法律事務所は、長年にわたり介護、福祉業界の労働相談を多数承って参りました。同業界にてしばしば発生する労働時間管理、残業代請求、ハラスメント、退職・解雇、競業等の紛争についての、交渉・訴訟対応を過去に多数回取り扱っています。インターネットで検索しても出てこない、勝訴のための主張、立証方法や和解条件なども把握しており、紛争の早期・終局的解決に向けた会社にとって最善の対応をさせていただきます。また、介護、福祉業界のハラスメント防止についてのシステム構築、研修なども承っております。

 お気軽にご相談ください。

Last Updated on 2024年8月30日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
当事務所では、「依頼者志向の理念」の下に、所員が一体となって「最良の法律サービス」をより早く、より経済的に、かつどこよりも感じ良く親切に提供することを目標に日々行動しております。「基本的人権(Liberty)の擁護、社会正義の実現という弁護士の基本的責務を忘れず、これを含む弁護士としての依頼者の正当な利益の迅速・適正かつ親切な実現という職責を遂行し(Operation)、その前提としての知性と新たな情報(Intelligence)を求める不断の努力を怠らず、LOIの基本理念である依頼者志向を追求する」 以上の理念の下、それを組織として、ご提供する事を肝に命じて、皆様の法律業務パートナーとして努めて行きたいと考えております。現在法曹界にも大きな変化が起こっておりますが、変化に負けない体制を作り、皆様のお役に立っていきたいと念じております。