社員からの未払賃金・残業代請求は、どこの会社でも起こり得ることですが、一度請求が認められると多額の支払を余議されることも多々あります。
当事務所にも、「みなし残業代を支払っているが、未払賃金を支払う必要があるのか」、「課長は管理監督者としての立場があるのに、残業代を支払う必要があるのか」、「社員からタイムカードの開示請求がきたがどうしたらよいか」など、未払賃金・残業代を請求してきた社員への対応について、多くのご相談を受けております。
1 社員から未払賃金・残業代を請求された場合の会社側のリスク
社員から未払賃金・残業代を請求され、認められた場合には、①3年間分遡って請求される可能性があり、②未払賃金・残業代については、在職中の社員に対しては年3%、退職した元社員に対しては年14.6%の遅延損害金を支払う必要があり、②訴訟となった場合には、裁判所が未払賃金・残業代の不払いが悪質と判断したときには、認められた未払賃金・残業代と同額までの範囲で「付加金」というペナルティーを支払わなければならなくなる可能性があります(付加金に対しても遅延損害金が発生します)。また、③労基署が臨検に入るケースに限らずとも、未払賃金・残業代請求が認められたことを知った他の社員からも未払賃金・残業代の支払請求がなされ、それらの支払も余儀なくされるケースもあり、④会社として訴訟等により争い、マスコミ等により報道された場合等には、敗訴した場合には会社としてもブランドイメージを低下することにもなり得ます。そのため、会社としては、(1)そもそも法律に沿った賃金制度の構築を行うとともに、その適切な労務管理及び運用をすることが必要であり、(2)仮に社員より未払賃金・残業代請求がされた場合には、会社に落ち度があることが明らかであるケースでは、早期の和解による解決を図ることも検討しなければなりません。
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2 社員から未払賃金・残業代を請求された場合に関するよくあるご相談内容
(1) 未払賃金・残業代を請求してきた社員に対する反論
社員から未払賃金・残業代を請求された場合の会社からの反論としては、以下の通り、残業代が発生していないとの反論(①、②)と残業代は発生しているが消滅しているとの反論(③、④)の合計4つが想定されます。
① 請求者が主張する労働時間に誤りがあるとの反論
そもそも請求者が主張している労働時間に誤りがあり残業代が発生していないとの反論が考えられます。具体的には、会社は残業をする場合には事前届出制を採用していたが届出がなかった(会社は黙示の承諾もしていなかった)、会社は残業を禁止していた、私的な時間である喫煙時間が含まれていた、仮眠時間は労働時間とはいえない等があります。会社としては、請求者の主張する労働時間が過大であることを、幾多の裁判例を踏まえて主張していくことが考えられます。
② 請求者が管理監督者であるとの反論
請求者が管理監督者(労基法第41条2号)であることから、残業代は発生しないとの反論をすることが考えられます。労基法第41条柱書では、管理監督者に対しては「この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない」と規定しているので、時間外労働に対して割増賃金を支払わなくてもよいことになります。
但し、会社が請求者を管理監督者として取り扱っていたとしても認められるとは限らず、最終的には裁判所が判断することになります。裁判例においては、管理監督者とは、労働条件の決定その他の労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいうとされています。具体的には、(ⅰ)当該者の地位、職務内容、責任と権限からみて、労働条件の決定その他の労務管理について経営者と一体的な立場にあること、 (ⅱ)勤務態様、特に自己の出退勤をはじめとする勤務時間に対する裁量権を有していること(労働時間の裁量)、(ⅲ) 一般の従業員に比してその地位と権限に相応しい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を受けていること(賃金等の待遇)が要件とされています。会社としては、これらの要件に該当しないことを、幾多の裁判例を踏まえて主張していくことが考えられます。
③ みなし残業(固定残業)手当として支払済みであるとの反論
請求者に対しては、残業代は発生しているが、既にみなし残業(固定残業)手当の支給により支払済であるとの反論をすることが考えられます。ここにみなし残業(固定残業)手当とは、名称によらず、時間外労働に対する割増賃金として定額で支払われる賃金をいいます。みなし残業(固定残業)手当については、それ自体が直ちに違法となるわけではありませんが、裁判例においては(ⅰ) みなし残業(固定残業)制の採用について従業員との間で合意していること(個別合意の要件。就業規則等の内容が合理的であり周知されていれば、労働契約の内容となります)、(ⅱ)労働契約における通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにしていること(明確区分性の要件)、(ⅲ) 固定残業代が時間外労働の対価として支払われていることが明確になっていること(対価性の要件)が必要とされてと解されます。会社としては、これらの要件に該当して有効なみなし残業(固定残業)手当であることを、幾多の裁判例を踏まえて主張していくことが考えられます。
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④ 消滅時効が成立しているとの反論
請求者に対しては、残業代は発生しているが、消滅時効により消滅しているとの反論をすることが考えられます。消滅時効期間は、従来は2年間でしたが、2020年4月の民法改正を受けて、3年間に延長されていることに注意が必要です。会社としては、消滅時効を理由として少なくとも一部減額ができるように主張していくことが考えられます。
(2) 未払賃金・残業代請求をしてきた社員への情報提供の可否・内容(特に、タイムカードの開示)
請求者から会社に対して、請求期間のタイムカードの開示を要求されることがあります。タイムカードは、残業時間を証明する資料の中では最も強力なものであり、会社が保管していることからこのような要求がなされます。この点裁判例では、「使用者は、労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として、信義則上、労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく、労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り開示すべき義務を負うと解すべきである」(大阪地判平成22.7.5)と判示しているので、会社としても特段の理由のない限り、開示要求に応じざるを得ません。この開示要求を無視すると、会社に対する慰謝料請求が認められる危険性があります。
会社としては、タイムカードを開示した上で、タイムカードはあくまでも従業員の社内における滞留時間を示しているに過ぎないことから、改めて2(1)①の通り労働時間制を争うことになります。
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3 未払賃金・残業代を請求してきた社員への対応について当事務所がサポートできること
未払賃金・残業代を請求してきた社員への対応を巡っては、上記のとおり、企業にとって留意すべきポイントが多く、企業を悩ませる様々な問題が生じます。
これらの対応を誤ると、会社は高額の未払賃金・残業代の支払を余儀なくされるとともに、他の従業員からの未払賃金・残業代請求を誘発することにもなりえます。また、SNSの拡散や報道により会社の威信(対外的・対内的信用)の低下を来たし、採用力が低下しまた取引先が減少して売上げが低下するリスクもあります。
未払賃金・残業代を請求してきた社員については、上記のように重要な判例・裁判例や豊富な実務経験に基づく対応上の留意点を踏まえて、社内規程(就業規則等)・社内契約書(雇用契約書等)の整備、労働時間にまつわる各種制度の運用方法等を再確認の上、しかるべき対応が求められることから、労務問題に強い弁護士に相談することが推奨されます。
当事務所は、事務所創設から42年以上に渡り労務問題を積極的に取り扱っており、①法律に沿った賃金制度の構築を行い、不毛な未払賃金・残業代の争いを回避することや、②個別の未払賃金・残業代請求がなされた場合にも、法律・裁判例を踏まえた適格なアドバイスを行うことができます。
当事務所に所属する弁護士は、顧問企業様から未払賃金・残業代請求を行う社員への対応についてご相談も数多く受けており、実務上の留意点や最新の判例・裁判例を踏まえたアドバイスをご提供することが可能ですので、お困りの際は是非一度ご相談ください。
Last Updated on 2024年7月10日 by loi_wp_admin