退職した従業員への損害賠償請求をする際の注意点

退職した従業員への損害賠償請求をする際の注意点・記事原稿

文責:松本 貴志

企業と労働者との間の紛争が生じることが多いのが、労働者が退職をする場面です。例えば、以下のようなケースでは、企業は退職した従業員に対する損害賠償請求を検討するでしょう。

・突然労働者と連絡が取れなくなったと思ったら、退職代行業者が退職届を提出してきた。

・在職中に退職後は競業他社には就職しないと制約したのに、退職した従業員が競業行為を行っている。

・会社が学費を全額負担して留学させたが、留学直後に退職してしまった。

そこで、本記事では、退職に関する基本的なルールと退職をした従業員に対する損害賠償請求について解説いたします。

1 労働者の退職のルール

⑴ 無期労働契約の場合

実務上は、就業規則の退職規定において、「本人が退職を申し出て1カ月を経過したとき」などと退職事由を定めているケースがあります。

しかし、民法上、期間の定めのない労働契約の場合、労働者はいつでも理由なく解約の申入れをすることができ、原則として申入れの2週間後に解約の効果が発生するとされています(民法627条1項)。

そして、かかる民法上の規定よりも長い予告期間を定めた場合でも、無効となり、退職の申し出から2週間を経過することで退職の効力が発生します。

つまり、上記のように就業規則において1カ月の予告期間を設けている場合でも、従業員が退職を申し出たときから2週間を経過した時点をもって退職の効力が生じてしまいます。

⑵ 有期労働契約の場合

一方で、期間の定めのある労働契約の場合には、原則として期間途中での解約をすることはできず、「やむを得ない事由」がある場合に限り、即時解約することができます(民法628条)

このようなことから、期間の定めが長期にわたる場合には、使用者による労働者に対する不当な人身拘束となるおそれがあるため、労働基準法においては、契約期間の定めは、原則として3年以内とされています(労働基準法14条1項)。

⑶ 退職代行業者を利用した退職の効力

上記のとおり、期間の定めのない労働契約の場合には、労働者が2週間の予告期間を定めれば、いつでも、理由なく退職することができます。

しかし、退職する従業員の中には、上記のような退職ルールを知らなかったり、上司との関係性が悪かったりするなど何らかの理由により、自ら退職の申し出をせず、退職代行業者に退職代行を依頼するケースが多くあります。

このような場合には、当該従業員が十分な引継ぎをしないで退職をしたために業務に支障が生じることもありますが(この場合の損害賠償請求については後述します)、そもそも退職代行業者を利用した退職の効力が認められるのかが問題となります。

退職代行業者が報酬を得る目的で、退職する従業員の代理人として退職の意思表示を行うことは、非弁行為として弁護士法72条に違反する可能性があります。

一方で、退職代行業者が退職する従業員の代理人ではなく、単に退職の意思表示を伝達する「使者」ということであれば、弁護士法72条には違反せず、退職手続に違法性はないため、退職の意思表示は有効となります。具体的には、退職代行業者が退職条件の交渉などはせず、単に本人の署名押印入りの退職届を提出した場合には、退職の意思表示が生じる可能性が高いです。

ただし、署名押印入りの退職届が提出された場合でも、本人の意思に基づかない可能性は否めません。そこで、直接本人に意思確認を行う、又は本人から貸与物品の返還を受けるなどして、本人の退職の意思を確認することが肝要です。

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2 企業が退職者に対する損害賠償請求をすることの可否

⑴ 引継ぎをしない退職者に対する損害賠償請求

従業員が退職をする場面では、当該従業員が突然会社との連絡を断ち、上記のように退職代行業者を用いて突然退職届を提出するようなケースもよくあります。そのような場合でも、上記のとおり、無期労働契約の場合には、退職の意思表示から2週間を経過した時点をもって退職の効力が生じてしまいます。

一方で、このような場合に、会社は引継ぎをしなかったことを理由として、退職した従業員に対して損害賠償請求をすることができるのかが問題となります。

訴訟をする際には、退職した従業員が引継ぎをしなかったことにより被った損害や、引継ぎをしなかったことと損害との間の因果関係について、会社側が立証しなければならないため、引継ぎ未了を理由として損害賠償請求をすることは容易ではありません。

引継ぎ未了に関する裁判例としては、ケイズインターナショナル事件(東京地判平4.9.30労判616号10頁)は、会社が入社後勤務4日で退職した従業員に対して損害賠償請求をした事案において、請求額200万円に対して70万円の請求を認めています。ただし、この事案では、会社は、取引先との間でインテリアデザイン契約を締結した際に、男性従業員を担当させることを求められ、それに基づいて当該従業員を雇ったこと、当該従業員の退職により会社は当該取引先に対する債務が履行できず、少なくとも1000万円の得べかりし利益を失ったこと、退職後に当該従業員は会社に対して同1000万円のうち200万円を賠償することを念書で約束したことなどの事情がありました。同裁判例は、損害賠償そのものを認めたわけではなく、200万円の損害を賠償する旨の念書の有効性を認めた上で、労働契約上の信義則から130万円を減額して70万円の賠償責任を認めている点に特殊性があります。

上記のような事情がある場合を除いて、退職した従業員に対する引継ぎ未了を理由とする損害賠償請求が認められることは困難といえます。

したがって、実務上は、例えば退職金の支給条件に引継ぎの完了を加えたり、牽制的に就業規則上の退職予告期間を法定の2週間よりも伸長したりする(それでも、実際には、退職の意思表示から2週間で退職の効力は発生してしまいます)ことで、引継ぎ未了の事態を予防することが現実的です。

⑵ 競業避止義務違反に基づく損害賠償請求

また、退職した従業員がそれまでに会社で培ってきた知識や経験を活かすため、同業他社に転職することも実務上珍しいことではありません。このような事態を阻止するため、会社は就業規則に退職後の競業避止義務を定めたり、退職時に競合他社に転職しない等を内容とする誓約書の提出を求めたりすることがあります。

会社は、退職した従業員が上記の競業避止特約に違反した場合には、当該従業員に対して損害賠償請求をすることが考えられます。

しかし、退職後の競業避止義務を定める競業避止特約は、従業員の職業選択の自由に対する制約にあたるため、裁判例においては、合理的な範囲である場合にのみその有効性が認められています(フォセコ・ジャパン・リミテッド事件・奈良地判昭45.10.23判時624号78頁等)。

具体的には、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、当該従業員の地位・役職、退職金などの代償措置等を考慮して、競業避止特約の有効性が判断されることになります。

競業避止特約の有効性が認められる場合には、それに違反したことに基づき、損害賠償請求をすることができる場合がありますが、特約違反と損害の因果関係を立証することは困難な場合が多いです。

従業員の退職後の競業避止義務違反を理由とする損害賠償請求が認められた例としては、東京学習協力会事件(アーク進学塾事件・東京地判平2.4.17労判581号70頁)があります。同事件では、進学塾の講師が他の同僚を勧誘した上で退職し、至近距離で競業会社を設立、かつ多数の顧客を引き抜いたという事案において、376万6800円の損害賠償請求が認容されています。

⑶ 研修費用、留学費用の返還請求

企業の中には、従業員に対して、労務の提供を免除し、高額の学費等をかけて国内外の研究施設、教育機関等で教育を受けさせたり、海外のMBA等の資格を取得させたりする企業もあります。

しかし、多額の費用をかけて教育したにもかかわらず、研修や留学から帰ってきた直後に退職するケースも見られます。このような場合に、企業が退職する従業員に対して研修費用や留学費用の返還を請求することができるのかが問題となります。

労働基準法16条は、使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または、損害賠償額を予定する契約をしてはならないとしています。

研修費用や留学費用の返還請求が労基法16条に違反するか否かについて、裁判例では、研修・留学の任意性、業務性を有するか、研修・留学の内容が社会的汎用性を有するか(労働者の個人的な利益が大きいか)等を考慮して判断されています。

例えば、長谷工コーポレーション事件(東京地判平9.5.26労判717号14号)は、海外留学の学費・渡航費の返還につき、当該留学制度の業務性を否定した上で、留学の費用を使用者が労働に貸与する形式により、一定期間勤続した場合にその返還を免除するという契約を締結したときは、労働契約とは別個の免除特約付き金銭消費貸借契約に基づく留学費用返還債務を負っているとして、労働基準法16条には違反しないとしています。

また、最近のみずほ証券事件(東京地判令3.2.10・労判1246号82頁)でも、労働者が留学前に留学を終了してから5年以内に自己都合退職などした場合には留学費用を返済するという誓約書を提出した事案において、当該留学に応募するかは労働者の自由意思に委ねられており、留学に業務性はなく、債務免除までの期間5年が不当に長いとまではいえないことも踏まえると、同誓約書が労働基準法16条に違反するとは言えないと判断しました。

一方で、研修の実態が一般の新入社員研修と同様である場合や業務性を有する場合には、研修費用は本来的に使用者が支払うべきものであるため、研修費用の返還を求めることは労働基準法16条に違反する可能性が高いです。

例えば、サロン・ド・リー事件(浦和地判昭61.5.30労判489号85頁)は、美容室を経営する会社が採用後約7か月半で退職した社員に対し、「講習手数料」30万円と遅延損害金を求めた事案において、「指導の実態は、いわゆる新入社員教育とさしたる逕庭はなく、……使用者として当然なすべき性質のものであるから、労働契約と離れて本件のような契約をなす合理性は認め難く、しかも本件契約が講習手数料の支払義務を従業員に課することにより、その自由意思を拘束して退職の自由を奪う性格を有する」として、労働基準法16条に違反し無効と判示しています。

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3 退職した従業員への損害賠償請求について当事務所でサポートできること

上記の通り、退職した従業員との関係でトラブルになるケースは様々であり、日頃から就業規則や従業員との間の契約書・誓約書等を整備し、紛争を予防することが重要です。

当事務所は、40年以上にわたって労働問題に数多く取り組んでおり、退職を巡るトラブルを予防するためのアドバイスや就業規則の点検・修正、従業員との契約書等の作成をすることが可能です。

従業員とのトラブルでお困りの際には、是非一度当事務所にご相談ください。

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Last Updated on 2023年12月28日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
当事務所では、「依頼者志向の理念」の下に、所員が一体となって「最良の法律サービス」をより早く、より経済的に、かつどこよりも感じ良く親切に提供することを目標に日々行動しております。「基本的人権(Liberty)の擁護、社会正義の実現という弁護士の基本的責務を忘れず、これを含む弁護士としての依頼者の正当な利益の迅速・適正かつ親切な実現という職責を遂行し(Operation)、その前提としての知性と新たな情報(Intelligence)を求める不断の努力を怠らず、LOIの基本理念である依頼者志向を追求する」 以上の理念の下、それを組織として、ご提供する事を肝に命じて、皆様の法律業務パートナーとして努めて行きたいと考えております。現在法曹界にも大きな変化が起こっておりますが、変化に負けない体制を作り、皆様のお役に立っていきたいと念じております。