文責:石居 茜
1 業務上横領とは?
「業務上横領」とは、業務上自己の占有する他人の物を不法に自分の物にすることを指します。
すなわち、会社の経理担当による金銭の横領、会社の売上金の横領など、会社の業務上、一時的であっても会社の金銭の管理・占有を任されている場合に、それを自分の物にすることが業務上横領に当たります。
会社の金銭の管理を任されていない従業員が会社の金銭を奪う行為は、業務上横領ではありませんが、事案により、窃盗や詐欺に当たる場合があります。
業務上横領は、業務上の信任関係による占有という立場を悪用するものであるため、刑法上単純横領罪より重く、10年以下の懲役という重い刑罰が定められています(刑法253条)。
2 業務上横領の調査のポイント
業務上横領が疑われる場合は、まず、パソコンの記録や、通帳、取引記録、請求書、領収書、小口現金、伝票、帳簿等、防犯カメラの記録、金庫や部屋への入室のセキュリティ記録等の客観的な証拠を徹底して調査すべきです。
会社貸与のパソコンの場合、一定の疑いがあれば、従業員の許可なくパソコン等を調査することも合理性があります。システム関係の担当者や情報セキュリティ関連の会社に依頼して調査をしてもらうこともあります。
本人や共犯者等への聴き取りは、これら客観的な証拠の調査を行い、証拠を確保してから行うと、本人及び関係者による証拠隠滅を防ぐことができます。
疑いがある場合は、会社貸与の従業員のパソコンや携帯電話等を回収し、調査の間、自宅待機を命ずる場合もあります。
なお、調査をしている間は、あくまで会社の判断で就労させず、自宅待機を命ずることになるので、就業規則等の規定にもよりますが、通常は、給与の支払いが必要となることが多いです。
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3 懲戒処分のポイント
懲戒処分手続については、業務上横領の事例に限らず、裁判例において、下記事項が求められていますので、これらの手続を的確に行うようにする必要があります。
【懲戒処分手続のポイント】
① 就業規則等の根拠規定
懲戒処分は、就業規則・懲戒規程等に懲戒処分を科すことの根拠規定があり、就業規則等により、懲戒事由が事前に従業員に対して明確になっている必要があります。
業務上横領であれば、通常就業規則に、懲戒事由として、「不正に会社の金品、資料等を持ち出したとき、または持ち出そうとしたとき」「会社内において窃盗、横領、背任または傷害等、刑法等の犯罪に該当する行為があったとき、または会社外を含め、刑罰法規に抵触する行為があったとき」「刑罰法規に触れる行為があったとき」などの懲戒事由が定められていれば、それに該当します。
次に、就業規則で定められている懲戒処分のいずれかを課すことを検討します。就業規則では、例えば、軽い処分から、「譴責」「減給」「出勤停止」「降格」「停職」「諭旨退職」「懲戒解雇」等の処分が定められていることが多いです。
懲戒処分上の降格は、人事権の行使としての降格とは異なり、その有効とされる要件も異なりますので、両者を混同して取り扱わないように注意してください。
懲戒処分や人事上の処分を検討する際は、当事務所のような労働問題に精通した弁護士に相談してから行うことをお勧めします。
また、「減給」については、労基法91条において、1回の額が平均賃金の1日分の半額、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1以内でしか課すことができず、それを超える処分は労基法違反になりますので、そのような処分を課すことがないよう注意が必要です。
加えて、就業規則はあっても、従業員に周知されていない場合、就業規則に基づく懲戒処分の効力を否定した判例がありますので、就業規則や懲戒規程は、すべての事業場の従業員が見られるように周知手続をしておくことも重要となります。
② 懲戒事由に該当していること
①の就業規則や懲戒規程の懲戒事由に業務上横領の規定があり、懲戒事由に該当していることが必要となります。
③ 懲戒処分が重すぎないこと(相当性)
一般的に、懲戒処分は、会社の他の懲戒事例と比較して、懲戒処分が重すぎないこと、すなわち、処分の相当性が必要となります。また、同様の事例に関する他の裁判例と比較して処分が相当であることもポイントとなります。
業務上横領は、会社において金銭の管理を任された者による横領であることから、横領が立証できる金銭の金額が少なくないことや、証拠が十分であること等の前提はありますが、比較的重い処分が認められることが多く、懲戒処分の効力が争われた裁判例においても、懲戒解雇が有効と判断された事例もあります。
④ 適正手続
就業規則等で定めた懲戒処分の手続に則っていることが必要となります。
例えば、懲戒処分を科す際には懲戒委員会を招集してその審議を経ることが就業規則や懲戒規程等に定められている場合、定められた手続を経ていることが必要となります。
また、これらの細かい手続の定めがない場合でも、加害者とされている従業員に対し、処分の前に弁明の機会を付与することが必要となります。
これらの手続を経ていない場合、客観的に証拠がそろっており、懲戒の事実が認定され、処分内容も相当であると判断されても、手続違反だけで懲戒処分が無効と判断されることがありますので、注意が必要です。
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3 損害賠償請求のポイント
業務上横領があった場合、会社は、横領した従業員に対し、横領した金員の返還、その他会社が被った損害がある場合は、損害賠償請求を行い、これらの金員を回収することが重要となります。
(1)給与・退職金との相殺
従業員が横領した金銭を費消してしまっているなど、従業員に支払能力がない場合も多く、会社としては、給与や退職金との相殺を検討することがあると思います。
しかしながら、労基法は、会社に対し、労働者に直接、賃金を全額支払うことを求めています(労基法24条1項、賃金全額払いの原則)。
そのため、会社が、会社の一方的な意思表示で、給与支払債務や退職金支払債務と、従業員の損害賠償債務を相殺することは、労基法24条1項に違反するとされています。
最高裁判例では、従業員が自由な意思に基づき同意した場合にのみ相殺が認められると判断していますので、少なくとも従業員との間で自由な意思に基づく合意書を作成しておくべきですが、横領した従業員に損害賠償を求めている事案ですので、具体的な状況によっては、自由な意思の同意が認められず、相殺が認められない場合もあります。
(2)賞与や退職金の不支給
では、賞与や退職金を不支給にすることは認められるでしょうか。
賞与については、具体的な賞与の支給額が労働契約において合意されている場合には、契約上会社に支払義務があり、上記給与と同じく一方的な相殺は労基法24条に違反し、できません。
しかし、給与規程等において、賞与が対象期間の査定や人事考課によって支給金額、支給の有無を決定するとされている場合は、従業員に具体的な賞与の請求権があるとはいえませんので、横領した事実等も踏まえ、賞与不支給とすることは可能であると思われます。
退職金については、退職金規程や契約がなければ、そもそも、会社に退職金支払い義務はありませんが、退職金規程や労働契約により、一定の退職金を支払うことが規定されている場合には、会社に支払義務があり、規定において、懲戒解雇や懲戒事由がある場合に、退職金の全部又は一部を不支給とすることができるとする内容となっていることがよくあります。
しかしながら、裁判例では、退職金は、長年の勤務に対する給与の後払い的性格があるとされ、功労に対する報償としての性格があるとされているので、全額を不支給とするには、従業員のこれまでの勤続の功労を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが求められ、一部の請求は認められることが多いです。そのため、事案にもよりますが、全額不支給は難しく、一部不支給となることが多いと考えておいた方がよいでしょう。
(3)身元保証人への請求
入社時に、入社時誓約書などとともに、従業員の親族等により、身元保証書に押印してもらうことも多いと思います。
では、従業員が返還しない場合、身元保証人に請求することは可能でしょうか。
身元保証書において、従業員がその行為により会社に損害を与えた場合、身元保証人に対して連帯して損害賠償請求できる内容を入れておけば、身元保証人に対して損害賠償請求できる場合があります。
ただし、身元保証契約は、他人の債務を保証する内容であるところ、どのくらいの金額の損害賠償債務を負うのか不確定である、いわゆる根保証契約です。そのため、2020年の民法の改正によって、このような根保証契約は、保証額の上限額を定めなければならず、上限額、限度額を定めていない根保証契約は無効とされることになりました(民法465条の2第2項)。
すなわち、身元保証書を取っていても、上限額、限度額の定めがなければ、契約として無効であり、身元保証人に損害賠償請求することができません。
そのため、入社時に身元保証契約を取る場合には、限度額を定めておく必要があります。
限度額をいくらにするかの判断は、業種や当該従業員の責任の内容、年収等によって考えますが、業種ごとの判断が必要となります。
また、身元保証契約は、契約期間の定めがない場合は3年、定める場合も最長で5年までと法律上決まっており、5年以上の期間を定めても期間は5年とされます。また、再度契約することは可能ですが、最初の契約書に自動更新の条項を定めても効力を生じないとされますので、注意が必要です。
なお、非違行為をした本人ではない身元保証人の責任は、裁判において、使用者の当該従業員への監督状況や、身元保証人の契約締結の経緯など、さまざまな事情を総合的に考慮して判断され、減額されることもありますので、身元保証人にあまり高額な損害賠償請求ができるとは考えない方がよさそうです。
(4)公正証書の作成・給与の差押え
従業員に資力もなく、身元保証人への請求も難しい場合、結果として、従業員との間で、長期の分割弁済などの合意書を作成し、少しずつ返済してもらうことになる場合もあります。
その際、とりあえず、早期に、横領した従業員が横領を認め、支払い義務を認める書面に署名・捺印してもらうことは重要ですが、長期の分割弁済になる場合には、公証役場において、公正証書を作成しておくことが考えられます。
公証役場で執行認諾文言を入れた公正証書を作成しておくことで、万一、合意通りの返済がなされなかったときには、裁判を提起して、時間をかけて判決をもらわなくても、公正証書によって、従業員の給与や預金を差し押さえる等の強制執行が可能となります。
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4 刑事告訴のポイント
被害額が大きい場合や、従業員の対応によって、横領について警察や検察に対して刑事告訴を行い、従業員の犯罪について刑事上の責任を追及することが妥当な場合もあります。
もっとも、横領を証明する客観的な証拠をある程度用意して告訴しないと、警察等がなかなか受理してくれない場合もあるので、弁護士に依頼して告訴手続をすることをお勧めします。
ただし、横領した従業員が逮捕・起訴され、事案によっては報道等により事実が社外に広まる可能性もありますので、その点は留意して対応を決めるべきです。
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5 業務上横領を防ぐには?
業務上横領が起こる背景には、経理担当の従業員に金銭や通帳、帳簿の管理などを任せきりにし、長年チェックされていないという体制であることがあります。長年同じ体制のため、金額が膨れ上がってしまったというケースもあります。
そこで、経理は複数で担当させ、必ずチェックする体制とする、経営者が定期的にチェックするなど、不正や犯罪が起きにくい体制を作る、不審な点があれば早期に発見できる体制を作ることが重要となります。
6 当事務所でサポートできること
当事務所では、労働問題に精通した弁護士が多数在籍しており、業務上横領事案が起きたときの事実関係の調査、従業員の処遇、懲戒処分、金銭の回収や退職手続、刑事告訴等の留意点についてアドバイスすることができます。そうすると、会社は、初期対応を誤ることなく事案に取り組むことができ、当事務所は、場合に応じて従業員との話し合いや処分への立会い、書面の作成、刑事告訴の手続等を担当いたします。
従業員の業務上横領などの犯罪行為や問題行動については、その疑いがあるときから、当事務所にご相談の上、早期に適切に対応することをお勧めいたします。
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Last Updated on 2024年7月2日 by loi_wp_admin