文責:木原 康雄
1 誹謗中傷を行う問題社員について
近時は、SNSの普及によって、一般人が不特定多数人に情報を伝達することが容易になっています。また、日常的に利用しているという“敷居の低さ”から、その情報が拡散した場合の影響をあまり考えずに、日々の出来事を投稿しがちといえます。
そのため、自分が勤務している会社の何らかの対応に不満を持った、あるいはその他の理由で、社員が、会社の業務に関して不適切な投稿を行い、それが拡散され、会社の社会的な信用・名誉に大きく影響する事態が生じたということが起こっています。
不適切な投稿としては、不適切な業務遂行を内容とするもの(たとえば、飲食店のアルバイトが、不衛生な行為をしている映像を投稿したケース)、顧客情報・機密情報を漏えいするもの(たとえば、ホテルの飲食店のアルバイトが有名人の来店を投稿したケース、試作品の写真を投稿してしまうケース)、不適切な見解の表明を内容とするもの(たとえば、飲食店が、来店客を理不尽な理由で叱責し、来店拒否する旨投稿したケース)などがありますが、本稿では、社員が会社を誹謗中傷する内容の投稿をした場合の、会社としての対応方法を考えてみたいと思います。
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2 誹謗中傷への対応手段
社員の会社に対する誹謗中傷としては、たとえば、「サービス残業が全社員に強制されている」、「ハラスメントが社内で蔓延しているが、経営陣は放置している」などといった投稿が考えられます。
これらの投稿は、コンプライアンス遵守の経営が重視されて久しく、近時では「人権DD」の取り組みも始まっており、一般的な会話の中でも“ブラック企業”といった言葉も定着している現状では、会社の社会的評価(信用・名誉)を大きく傷つけるおそれのあるものです。
これらの投稿における誹謗中傷の度合いがひどいという場合には、名誉棄損罪(刑法230条)、侮辱罪(同法231条)、信用毀損・業務妨害罪(同法233条)などでの刑事告訴を検討せざるを得ない場合もあるでしょう。
また、社員は会社に対して、会社に損害を及ぼさないよう誠実に勤務する義務を負っていますので、社員がこのような投稿をし、もしこの投稿内容が事実無根であるにもかかわらず、拡散され社会問題化したことによって、取引先から取引を打ち切られるなどして現実に損害が生じた場合には、社員に対して損害賠償を請求するという民事上の対応をとることが考えられます(民法415条、709条)。
さらに、これらの法的手続きを利用する対応のほか、社内での処分、すなわち懲戒処分の対象とするという対応方法を検討することが可能です。
この点たしかに、SNSの投稿は、就業時間外に、職場外でなされたものですので、社内(懲戒)処分の対象にはならないのではないかとも思われます。しかし、懲戒処分は企業秩序を維持して企業の円滑な運営を図るために、秩序違反行為に対して制裁罰を課すものですので、就業時間外・職場外の行為であっても、それが企業の円滑な運営に支障を来すおそれがある場合には、企業秩序の維持確保のため懲戒処分を行うことも許されると解されているのです(関西電力事件・最一小判昭58・9・8労判415号29頁、中国電力事件・最三小判平4・3・3労判609号10頁)。
労務問題に関する本稿では、懲戒処分を行う場合の留意点について見ていきます。
3 誹謗中傷に対する懲戒処分の有効要件その1(客観的合理的理由)
(1)原則
懲戒処分は、社員の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、①客観的に合理的な理由を欠くか、または、②社内通念上相当であると認められない場合は、権利濫用として無効となります(労働契約法15条)。
まず①については、投稿内容の確認・保存、社員本人へのヒアリングや弁明を聴取した上で、社員の投稿が会社の社会的評価(信用・名誉)を低下・毀損するものかどうかを、一般人の読み方を基準に判断します。
会社の社会的評価を低下・毀損するものである場合、つぎに、就業規則に「会社の名誉・信用を損なう行為があったとき」、「会社の体面を著しく汚したとき」といった懲戒事由が定められているかどうかを確認します。
(2)例外その1(公益通報者保護法で保護される場合)
ただし、上記2点に形式的にあてはまる場合であっても、投稿内容が公益通報者保護法上の「通報対象事実」(同法2条3項)に該当し、かつ、投稿内容が真実である、または真実であると信じるに足りる相当の理由があるなど、同法上に定められた保護要件を満たすときには、投稿を理由として解雇、降格、減給、退職金の不支給その他不利益な取扱いをしてはならないものとされています(同法3条、5条)。
懲戒処分も、この「不利益な取扱い」に含まれますので、社員本人へのヒアリング等により、公益通報者保護法で保護される投稿かどうか、よく確認・検討する必要があります。
(3)例外その2(正当な行為と評価される場合)
また、仮に公益通報者保護法で保護されない場合であっても、社員の会社に対する批判行為や内部告発を内容とする行為については、内容の根幹的部分が真実かどうか、社員が真実と信じるについて相当な理由があるかどうか、労働条件の改善のためといった正当な目的に基づくものかどうか、内部告発であればその目的が公益性を有するかどうかやその会社にとっての重要性、表現方法が相当かどうかといった要素を総合的に考慮して、正当な行為と評価されるときには、それに対する懲戒処分は権利濫用にあたり許されないものと解されています(三和銀行事件・大阪地判平12・4・17労判790号44頁、大阪いずみ市民生協(内部告発)事件・大阪地堺支判平15・6・18労判855号22頁など)。
そのため、投稿目的や手段、内容、表現方法についての吟味が必要となります。
4 誹謗中傷に対する懲戒処分の有効要件その2(社会的相当性)
つぎに、②については、社員の行為の性質や態様等からして重すぎる処分は、社会通念上相当であるとは認められません。
どのような重さであれば許容されるかは事案次第ですが、関連する裁判例を概観すると以下のとおりです。
前掲・関西電力事件は、「会社は、差別、村八分を始め、およそ常識と法では許されないやり方で労働者をしめあげた」などと会社を誹謗中傷するビラを社宅に配布したという行為に対する譴責の懲戒処分を、有効であると判断しました。
前掲・中国電力事件は、原発に反対する組合が、会社が原発建設を推進してきた地域の住民に、「島根原発の社員は魚を食べない、他に転勤するまでは子どもを生まないようにしている」とか、「原発の排気筒からは放射能で汚染された空気を吐き出すためのものである」などと虚偽の事実が記載されたビラを配布したという事案ですが、組合役員らに対する休職1か月~2か月、減給半日の各懲戒処分を有効と判断しました。
北里研究所事件・東京地判平24・4・26労経速2151号3頁では、「役員による法人名義のクレジットカードやタクシーチケットの使用が背任、窃盗にあたる」、「理事長らが報酬基準を改正して、それに基づく報酬を得ることは背任・横領罪にあたる」などと記載した書面を法人外に流布するなどした部長職の職員に対する、係長職への降格の懲戒処分が有効と判断されました。
アンダーソンテクノロジー事件・東京地判平18・8・30労判925号80頁は、取締役兼本社営業副部長・支店営業部長職にあった者が、不満な人事異動の打診を契機とした会社及び代表者への不満と糾弾のための報復として、週刊誌の元記者でフリーのルポライターに、会社と特殊法人との癒着、不適切な関係、代表者のスキャンダルなどの情報を提供し、それが週刊誌に掲載された結果、会社が、特殊法人との取引の縮小、社会的信用の失墜といった不利益を受け、受注減が15億円、売り上げ減が14億円にのぼり、人員のリストラを含めた事業縮小を余儀なくされたという事案ですが、会社が行った懲戒解雇処分を有効と判断しています。
以上から、懲戒処分の重さは、表現内容や方法のほか、社員の地位の重要性や会社が現実に被った損害の大きさを加味して判断されていることが分かります。
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5 問題社員対応について当事務所でサポートできること
以上のとおりですので、社員による会社を誹謗中傷する投稿に対して有効な懲戒処分を行うためには、社会的評価を低下・毀損するものにあたるかどうか、公益通報者保護法で保護されるものかどうか、正当な行為と評価されるものであるかどうか、どの程度の重さであれば適切かという点で、法的評価・判断が必要になります。しかし、何らかの客観的な基準があるわけではありませんので、評価・判断の際には、労務問題について多くの経験を有する弁護士に相談するのが有益です。
また、SNSへの誹謗中傷など不適切な投稿を未然に防ぐための体制の整備(たとえば、禁止されていることの就業規則への明記、誓約書の事前取得、研修の実施など)についても弁護士がお手伝いすることができます。
このような事前・事後の対応について、当事務所にご相談いただければと思います。
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Last Updated on 2024年3月12日 by loi_wp_admin