残業代請求におけるタイムカードの重要性と労務管理の方法とは?弁護士が解説します。

タイムカードによる残業代管理

文責:松本 貴志

企業が労務管理にタイムカードを活用している場合、労働者からの残業代請求の場面では、タイムカードは実労働時間を推認する重要な証拠となり得ます。

しかし、企業の中には、タイムカードは出退勤を管理しているものにすぎず、実労働時間を反映したものではないと認識している場合もあるでしょう。

そのような場合でも、労働時間の管理方法を誤ると、残業代請求訴訟においては、タイムカードの打刻時間=労働時間と判断されてしまい、残業代請求が認められてしまう可能性が高いです。

本記事においては、残業代請求対応におけるタイムカードの重要性とそれを踏まえた労務管理の方法について解説いたします。

1 企業の労働時間の適正把握義務

使用者は、労働者に対して賃金や割増賃金を支払う必要があるため、各労働者の労働時間を把握する必要があり、労働基準法上も、賃金台帳に労働者の労働時間を記載しなければならないとされています(労働基準法施行規則54条1項5号)。裁判例においても、使用者の労働時間管理・把握義務が明確に示されています(山本デザイン事務所事件・東京地判平19.6.15労判944号42頁等)。

そして、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平29.1.20基発0120第3号)では、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置」の一つとして、始業・終業時刻の確認及び記録をすることが挙げられ、その原則的な方法の一つとして、タイムカードが挙げられています。実務上も、労働時間管理をタイムカードによって行っている企業も多いです。企業は、労働基準法上、タイムカードなどの労働時間の記録に関する資料を3年間保存しなければなりません(労働基準法109条、同附則143条1項)。

また、平成30年の働き方改革関連法は、労働者の健康確保の観点からも、企業は労働時間を適正に把握する義務があるとしています。

改正労働安全衛生法においては、事業主は、タイムカード等の厚生労働省令に定める方法により、労働者の労働時間を把握する義務があるとし(同法66条の8の3)、割増賃金の支払いの対象となっていない管理監督者等の労働時間規制の適用除外者(労働基準法41条)や事業場外労働のみなし制・裁量労働のみなし制の適用者(同法38条の2・38条の3・38条の4)についても、労働時間適正把握義務の対象に含まれています。また、労働安全衛生法上も、使用者は、タイムカードなどの労働時間を客観的に把握するための記録を3年間保存する義務があります(労働安全衛生規則52条の7の3)。

そして、労働時間を把握した結果、実労働時間が40時間を超える時間外労働が1か月あたり80時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる場合には、事業者は当該労働者に対し、医師による面接指導を実施しなければならないとされました(労働安全衛生法66条の8)。

以上のように、タイムカードには、労働者の労働時間を適正に把握する方法としての役割があります。

2 残業代の支払い対象となる労働時間について

上記のとおり、タイムカードは、企業が労働者の労働時間を適正に把握するための手段となりますが、労働者からすれば、タイムカードは残業代請求をする際に実労働時間を推認する重要な証拠になります。

そもそも、残業代請求をする際の実労働時間とは、どのような時間のことをいうのでしょうか。 

判例においては、実労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」と定義されています(三菱重工業長崎造船所事件・最一小判平12.3.9民集54巻3号801号)。

「指揮命令下に置かれている時間」には、企業が明示的に具体的な指示を出している場合だけでなく、黙示の指示を出していた場合も含まれます。例えば、所定労働時間では終わらない業務量を課していた場合や、業務を黙認していた場合には、黙示の指示が認められます。「指揮命令下」に置かれているか否かは、労働時間が問題となっている行為がどの程度業務と同視し得るものであるかや、当該行為についての使用者の関与の状況が考慮されます。  

残業代請求訴訟においては、労働時間の立証は労働者が行わなければなりません。

しかし、実際には、後述のとおり、企業の労働時間把握・管理義務の存在を前提に、タイムカードがあるケースでは、実労働時間は特段の事情のない限り、タイムカードの記載する始業時刻・終業時刻であると推認されてしまいます。

したがって、企業は、タイムカードの記載と異なる実労働時間を主張する場合には、タイムカードの記載=実労働時間ではないということについて、積極的に主張・立証していく必要があります。

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3 残業代請求におけるタイムカードの重要性

訴訟においては、タイムカードは実労働時間を推定するものとして非常に重要な証拠となります。

近年の裁判例においては、使用者がタイムカードで労働時間を管理していた場合には、これと異なる認定をすべき特段の事情が認められない限り、タイムカードに打刻された始業時刻・終業時刻に従って労働時間を認定するものが多いです(丸栄西野事件・大阪地判平20.1.11労判957号5頁、京電工事件・仙台地判平21.4.23労判988号53頁、スロー・ライフ事件・金沢地判平26.9.30労判1107号79頁等)。

また、タイムカードが存在しない期間がある場合でも、労働者は前後のタイムカードから平均して残業時間を算出し、割増賃金を請求してくる場合もあるので、タイムカードはその点でも重要な証拠となります。

他方で、裁判例の中には、タイムカードは従業員の出退勤を管理しているに過ぎず、実労働時間を反映したものではないと認定するものもあります。

例えば、ヒロセ電機(残業代等請求)事件(東京地判平25.5.22労判1095号63頁)は、「労働者が事業場にいる時間は、特段の事情がない限り、労働に従事していたと推認すべき」との原則論を示しつつも、同事件においては、①会社の就業規則が明確に時間外勤務は所属長からの命令によって行われるものとされ、それ以外の時間外勤務は認めないとされていること、②実際の運用として、毎日、時間外勤務命令書の「命令時間」欄の記載によって時間外勤務命令が出され、翌朝、従業員本人の申告内容を所属長が確認して時間外労働が把握されていたこと、③会社が福利厚生の一環として、業務時間外の会社設備利用を認めており、会社構内において業務外活動も行われていたことから、上記「特段の事情」があるとして、タイムカードの打刻時間=労働時間という認定を否定しています。

逆に言えば、同事件のように、会社の就業規則等において時間外勤務について定めているのみならず、実際の運用においても残業を厳格に認めている場合でなければ、タイムカードの打刻時間=実労働時間と認定されてしまう可能性が高いです

4 残業代請求が認められないための労務管理の方法

タイムカードの打刻時間=労働時間と判断され、残業代請求が認められることを避けるために重要なことは、残業許可制を厳格に運用することです。

具体的には、まず、就業規則や従業員向けの文書等において、残業をする際は上司による事前の許可が必要であり、許可がない場合には残業を認めないこと、許可のない残業に対して残業代は支払わないこと等を記載します。

また、実際の運用においても、残業をする際は日ごとに事前に残業時間や残業の理由を記載した申請書を提出させた上で、上司の許可を受けなければならないことを徹底し、残業時間がタイムカードなどの客観的な記録との間に齟齬がある場合には、当該労働者にその理由の説明を求めるべきです。

事前許可制のルールを守らない労働者に対しては、残業禁止命令を出し、それにも違反した場合には懲戒処分を科すこともあり得るでしょう。

さらに、黙示の指示があったと判断されないよう、所定労働時間で終えられるよう業務量を調整することも肝要です。

5 残業代請求対応について当事務所でサポートできること

上記のとおり、タイムカードは、企業にとって労働者の労働時間を適切に把握するために必要な手段である一方で、残業代請求を受ける場面では、不利に働く場合もあります。

残業代請求が認められないためには、上記のとおり、厳格な事前許可制を就業規則等に記載するとともに、実際上も厳格に運用する必要があります。

当事務所には、残業代請求対応について経験豊富な弁護士が多数いるので、企業規模や実際の運用状況に合わせて、残業の事前許可制のルール作りをお手伝いすることが可能です。また、実際に残業代請求を受けた際の対応についてのアドバイスや交渉・訴訟対応も可能です。

残業代請求でお困りの際には、当事務所に是非一度ご相談ください。

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Last Updated on 2024年2月1日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
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