IT企業における残業問題とは?弁護士が解説

IT企業における残業問題とは?弁護士が解説

文責:織田 康嗣

1 IT業界と残業問題

IT企業(情報通信業)は、長時間労働が見られる業種であり、長時間労働等を原因とする脳・心臓疾患、精神障害の労災認定も少なくありません(※令和4年度「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害の支給決定件数の多い職種上位15職種内に「情報処理・情報技術者」も含まれています)。

情報システム構築の開発プロセスには、多くのITエンジニアがシステム設計、プログラム作成、テストに従事しますが、厚労省によると、その仕事の特性には次のものがあるとされています。

・ソフトウェア開発は、複数のITエンジニアがプロジェクト・チームで仕事を行うため、作業の進捗管理や製品の品質管理が難しく、個々人の経験やノウハウに依存する特性がある。企画プロセスが不十分な場合、その後の工程に影響が出て、時間外労働などが増える場合もある。

・仕事に従事する場所は開発プロセスにより変わることがあり、自社の事業場だけではなく顧客先に常駐して業務にあたること(客先常駐)もある。

・開発プロセスの全部もしくは一部を他のソフトウェア会社に委託(アウトソーシング)し、元請け、一次請け、二次請け等の多重下請構造になることもある。

※厚労省「IT業界の働き方・休み方の推進」サイトより

IT業界は今後も拡大していくことが予想されますが、その一方で人材不足は今後も深刻化する可能性もあり、結果として残業問題への対処が重要となってきます。本稿では、IT企業をとりまく残業問題について、解説します。

2 IT企業が残業代を放置した場合のリスク

①遅延損害金を支払う必要がある

未払残業代は、最大3年間分遡って請求される可能性がありますが、在職中の社員に対しては年3%、退職した元社員に対しては年14.6%の遅延損害金を支払う必要があり、コストが増大します。

②訴訟や労働審判対応を要する可能性がある

弁護士が介入して残業代請求がなされ、任意交渉で和解出来ない場合は、訴訟や労働審判に手続が移行し、事務負担も更に大きくなります。さらに、残業代の不払いが悪質な場合は、付加金と呼ばれるペナルティの支払いも必要になる場合があります。

③労基署による指導、罰則が適用される可能性がある

残業代を支払わないことは労基法違反であり、労基署からの指導の対象になることはもちろん、悪質な場合は罰則の適用もあり得ます(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金刑、労基法37条、119条)。

3 IT企業における残業問題のポイント

IT企業の残業問題は多岐にわたりますが、前述したIT業界の特殊性に鑑みて、何点か解説します。

(1)事業場外みなし労働時間制の適用の可否

前述のように、IT業界では、自社の事業場ではなく、客先常駐として顧客先に常駐して業務に当たることがあります。このような場合に事業場外みなし労働時間制が適用されている場合があります。

事業場外みなし労働時間制とは、主に外勤の労働者について、会社の労働時間に係る算定義務を免除し、その事業場外労働については「特定の時間」を労働したとみなす制度をいいます。ただし、その適用のためには、「労働時間を算定し難いとき」という要件を充足する必要があります(労基法38条の2第1項)。

この点、近時の裁判例において、客先に常駐してシステム開発等を行っていたシステムエンジニア(SE)への適用が問題となった事例がありますが、結論として以下のように述べ、適用を否定しています(イノベ―クス事件・東京地判令和4・3・23労ジャ128号32頁)。

「勤務場所は当該客先、勤務時間は現場の勤務時間に従うこととされていて明確であり、業務内容も一定の定型性を有していることから、被告において事前にある程度その勤務状況や業務内容を把握することができたものということができる。また、原告は、業務時間中は常に携帯電話を所持し、被告と連絡のつく状態でいるよう指示され、被告代表者から連絡があった場合にはすぐに対応し、被告代表者の指示に従い、現場で面談を行う、別の現場に移動するなどしていたというのであるから、被告としては、勤務時間中に必要に応じて原告に連絡を取り、その勤務状況等を具体的に把握することができたということができる。さらに、前提事実等によれば、原告は、被告に対し、月ごとに、毎日の始業時刻、終業時刻及び実働時間を記録した作業実績報告書を提出していたというのであるから、被告としては、事後に原告の勤務状況を具体的に把握することができたというべきである。」

IT企業にかかわらず、事業場外みなし労働時間制の適用が争われるケースは少なくありませんが、その適用のハードルは低くありませんので、注意が必要です。

(2)裁量労働制の適用の可否

システムエンジニア(SE)等に対して、裁量労働制の適用を検討するケースもあります。裁量労働制とは、一定の専門的な業務に従事する労働者について、法が定める要件のもと、1日の実労働時間にかかわらず、所定の労働時間を働いたものとみなす制度です。専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類があります(裁量労働制については、2024年の法改正によって大きな変更がなされていますが、ここでは割愛します)。

裁量労働制を適用するには、法が定める対象業務に該当しなければなりません(専門型については20業務が設定されています)。IT企業(システムエンジニア)に関連する業務として、以下のようなものがあります。

〇情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務

・「情報処理システム」とは、情報の整理、加工、蓄積、検索等の処理を目的として、コンピュータのハードウェア、ソフトウェア、通信ネットワーク、データを処理するプログラム等が構成要素として組み合わされた体系をいいます。

・「情報処理システムの分析又は設計の業務」とは、(ⅰ)ニーズの把握、ユーザーの業務分析等に基づいた最適な業務処理方法の決定及びその方法に適合する機種の選定、(ⅱ)入出力設計、処理手順の設計等アプリケーション・システムの設計、機械構成の細部の決定、ソフトウェアの決定等、(ⅲ)システム稼働後のシステムの評価、問題点の発見、その解決のための改善等の業務をいいます。

・プログラムの設計又は作成を行うプログラマーは含まれません。

※厚労省「専門業務型裁量労働制の解説」より

裁量労働制が認められるには、本人に裁量が認められなければなりません。この点、エーディーディー事件(大阪高判平成24・7・27労判1062号63頁)では、プログラミング業務について、本人に裁量性がないことを理由に、裁量労働制の適用を否定しています。裁量労働制の適用のハードルは高く、制度導入にあたっては、弁護士等にも相談のうえ、慎重な検討が必要です。

(3)固定残業代の有効性

IT企業特有の問題ではありませんが、固定残業代として、実際の残業の有無にかかわらず、定額の固定残業代を支給する例があります。別手当として支給する場合と、基本給の中に割増賃金を組み込んで支給する場合のそれぞれがあります。固定残業代として認められれば、その限りで割増賃金も支払い済みとなりますが、固定残業代を超える残業が発生した場合には、その超過分の精算は当然行われなければなりません。

固定残業代の有効性を巡る判例・裁判例は多く存在しますが、一般的には、①時間外労働等の対価として支給されていること(対価性)、②通常の労働時間の賃金に当たる部分と区分できること(明確区分性)の2つの要件が必要であると解されています(日本ケミカル事件・最判平30・7・19労判1186号5頁)。

会社で導入している固定残業代が無効と判断されてしまうと、別途割増賃金の支払いを要するほか、固定残業代として支給していた部分も割増賃金の単価に加えなければならないことが想定されます。結果として、思わぬコスト増に直面することになりますから、固定残業代に係る就業規則等の定めを今一度確認しましょう。先のイノベ―クス事件(東京地判令和4・3・23労ジャ128号32頁)においても、「プロジェクト手当」として支給されていた手当について、固定残業代としては無効と判断されています。

(4)管理監督者

こちらもIT企業特有の問題ではありませんが、管理監督者扱いとして、時間外の割増賃金の支給をしていないケースがあります。労基法が定める管理監督者の要件を充足していれば問題ないのですが、いわゆる「名ばかり管理監督者」として、実態が伴っていなければ違法となります。

管理監督者の要件として、裁判例では、①職務内容が、少なくともある部門全体の統括的な立場にあること、②部下に対する労務管理上の決定権等につき、一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課、機密事項に接していること、③管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において、時間外手当が支給されないことを十分に補っていること、④自己の出退勤について、自ら決定し得る権限があることの各要件を求めるものがあります(ゲートウェイ21事件・東京地判平成20・9・20労判977号74頁)。

管理監督者として認められるべき要件は高度な内容が求められており、慎重な検討が必要です。先のイノベ―クス事件(東京地判令和4・3・23労ジャ128号32頁)においても、管理監督者性が争われましたが、結論として否定されています。

(5)長時間労働による過労死・過労自殺の問題

 冒頭に述べたとおり、IT企業においては、長時間労働等を原因とする脳・心臓疾患、精神障害の労災認定も少なくありません。過労死・過労自殺が発生すれば、多額の賠償責任が発生し得ることに加え、レピュテーションリスクの大きなものになります。

 裁判例においても、システムエンジニアとして、コンピュータのシステム開発の業務に従事していた労働者の脳幹部出血による死亡について、会社の安全配慮義務違反を認めた事例があります(システムコンサルタント事件・東京高判平成11・7・28労判770号58頁)。

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4 アジャイル開発と偽装請負について

IT企業におけるシステムやソフトウェア開発において、「アジャイル開発」が用いられることがあります。アジャイル開発とは、小さな機能(単位)ごとに開発とリリースを繰り返しながら、システムを作り上げていくものを言いますが、発注者側の開発責任者(プロダクトオーナー)と受注者側の開発担当者等が、それぞれの役割・専門性に基づき協働し、綿密に連携することを特色としています。そのため、「偽装請負」への該当性が問題になります。

近時この点に関する考え方が、厚労省から示されました(「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(37 号告示)に関する疑義応答集(第3集))。

疑義応答集によると、基本的な考え方としては、実態として、発注者側の開発責任者等が受注者側の開発担当者に対し、直接、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示を行うなど、指揮命令があると認められる場合は偽装請負になる一方、発注者側と受注者側の開発関係者が相互に密に連携し、随時、情報の共有や、システム開発に関する技術的な助言・提案を行っていたとしても、実態として、発注者と受注者の関係者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合であれば、偽装請負と判断されないと解されています。

その他、疑義応答集では、アジャイル開発の様々な場面に対する考え方を示していますので、参考にすることをおすすめします。

5 IT企業の残業問題について当事務所でサポートできること

残業問題を放置すれば、労働審判や訴訟対応が必要になったり、労基署対応が必要になる場合もあります。恒常的な長時間労働によって、労災が発生するようなことがあれば、多額の民事賠償問題に発展する可能性もあります。

実際の紛争になる前に、予防法務として、適切な時間管理を行うことはもちろん、もしくは会社で導入している制度(例:固定残業代等)の適法性を確認することが重要です。実際に紛争化した場合であっても、速やかに弁護士に相談のうえ、対処することが重要です。

当事務所では、IT企業に対する労務サポートも手掛けており、IT企業の業務実態に即したアドバイスを行います。予防法務としての助言はもちろん、労働者本人からの訴えがあった、弁護士から未払残業代請求に係る内容証明が届いた、ユニオンから団交の申入れがあった等、実際に紛争に発展した場合にも、適切な解決が得られるようサポートいたします。是非当事務所までご相談ください。

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Last Updated on 2024年2月13日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
当事務所では、「依頼者志向の理念」の下に、所員が一体となって「最良の法律サービス」をより早く、より経済的に、かつどこよりも感じ良く親切に提供することを目標に日々行動しております。「基本的人権(Liberty)の擁護、社会正義の実現という弁護士の基本的責務を忘れず、これを含む弁護士としての依頼者の正当な利益の迅速・適正かつ親切な実現という職責を遂行し(Operation)、その前提としての知性と新たな情報(Intelligence)を求める不断の努力を怠らず、LOIの基本理念である依頼者志向を追求する」 以上の理念の下、それを組織として、ご提供する事を肝に命じて、皆様の法律業務パートナーとして努めて行きたいと考えております。現在法曹界にも大きな変化が起こっておりますが、変化に負けない体制を作り、皆様のお役に立っていきたいと念じております。