小売業・卸売業

1 小売業・卸売業の業界の特徴

 小売業では、時間帯や曜日によって繁閑の差が大きく、繁忙期に集中的に人員を配置できるよう、アルバイト・パートといった非正規雇用を多く雇用している場合があります。また、小売業・卸売業界では、慢性的な人員不足の問題を抱えているとされ、多くの店舗や拠点を設けている小売業においては、担当者を十分に配置できていないこともあります。

 さらに、小売業では、顧客との接客業務も伴うところ、顧客とのトラブル(顧客からのクレーム等)が生じることもあります。度重なるトラブルにより、メンタル不調を訴える従業員も発生し得ます。

 

2 小売業・卸売業特有の労務問題

(1)労働時間管理(残業代)の問題

 小売業・卸売業では、慢性的な人員不足が発生しているようです。そのような中で、営業時間が長い店舗、年中無休営業を行う店舗もあり、長時間労働が発生するケースも少なくありません。

 残業代が未払いとならないよう、労働時間を適正に把握することが必要です。原則としては、タイムカード等の客観的な記録を基礎として、適正に記録することが求められます(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン参照)。

 また、店長等の役職者について、管理監督者扱い(労基法41条2号)とされているケースもあるでしょう。多くの裁判例においては、①職務内容や権限及び責任の重要性、②労働時間について自由裁量があるか(勤務態様が労働時間規制になじまないものであるか)、③賃金について、その地位にふさわしい処遇がなされているかといった点をもって、管理監督者に該当するか否かが判断されています。ファーストフード店長の管理監督者性が否定された事案として、日本マクドナルド事件(東京地判平成20・1・28労判953号10頁)もあり、名ばかり管理職となっていないか、その実態を確認することが重要です。

(2)シフト制の問題

 小売業・卸売業の従業員として、シフト制で働く従業員も少なくありません。シフト制では、一定期間ごとに作成される勤務表にて、具体的な労働日や労働時間が確定する点に特徴があります。

 シフト制においては、従前よりシフトが削減された等として紛争が生じるケースがあります。こうした紛争の中では、所定労働日数(最低限シフトの保障をする日数)の合意があるか否か、仮に合意がないとしても、濫用的な削減ではないかといった点が問題になり得ます。裁判例では、少なくとも週4日の勤務は継続的に確保されることを黙示に合意していたと判断したホームケア事件(横浜地判令和2・3・26労判1236号91頁)や、合理的理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり、違法になり得るとしたシルバーハート事件(東京地判令和2・11・25労判1245号27頁)等があります。シフト制であるからといって、当然にシフトカットできるわけではなく、会社としても慎重な対応が必要です。

 令和4年1月7日、厚労省は「いわゆる「シフト制」により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」を定め、これを公表しています。こうした内容も参考にしつつ、実務上の対応を図るべきでしょう。

(3)雇止めの問題

 小売業・卸売業においては、非正規雇用の従業員が多く、雇止めの問題が発生することも少なくありません。

 適法に雇止めするためには、労契法19条の要件を充足する必要があります。すなわち、①実質的に無期労働契約になっていないか(契約更新の手続きが形骸化していた場合等)、または、②契約更新を期待することについて合理的理由が認められないかの各点を検討し、いずれかを満たす場合には、さらに雇止めの客観的合理的理由や、社会通念上の相当性の各要件を充足する必要があります。

 また、店舗の業績不振により、店舗を閉鎖するなどして、人員を削減する場面もあるでしょう。こうした場合は、いわゆる整理解雇的な雇止めの問題となり、①人員削減の必要性、②解雇回避措置の有無、③人選の合理性、④手続の相当性といった各点から、適法な雇止めか否かが判断されます。

 雇用期間が満了すれば当然に雇用終了できるということではなく、上記のような問題が生じることに注意が必要です。仮に雇止めが不適法と判断されてしまうと、不適法とされた期間の賃金の支払いを求められることもあり、会社のリスクが大きくなります。実際に雇止めを検討されている場合には、上記の要件を充足しているか否か、弁護士への相談も検討されるべきです。

(4)同一労働同一賃金の問題

 通常の労働者(正社員)と短時間・期間の定めのある従業員・派遣労働者との間で、不合理な待遇の相違や差別的取扱いを解消すべく、同一労働同一賃金が求められています(パート有期法、同一労働同一賃金ガイドライン)。

 小売業・卸売業においては、非正規雇用の従業員を多数雇用している場合があります。同一労働同一賃金の観点から、非正規労働者の待遇に問題がないか、検証を行う必要があります。

(5)ハラスメントの問題

ア 社内のハラスメントの問題

 小売業・卸売業においては、会社全体としては多くの従業員を抱えながらも、個々の店舗においては、限定されたメンバーで運営されている場合もあります。そうした中で人間関係が悪化したり、ハラスメント(パワハラ・セクハラ)の問題が生じることも少なくありません。

 パワハラ指針においては、例えば、会社に求める雇用管理上の必要な措置として、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備を求めています。社内でハラスメントが生じたにもかかわらず、必要な調査、加害労働者への対応を行わなかった場合、会社の安全配慮義務違反が問われることもあります。

 社内において、適切な通報先、相談先を定め、仮にハラスメントが生じた場合には、迅速な対応ができるように準備をしておくべきです。

 

イ 顧客等からのハラスメントの問題(カスタマーハラスメント)

 小売業・卸売業においては、日々顧客と接するため、悪質なクレームなどのいわゆるカスタマーハラスメントが発生することがあります。カスタマーハラスメントは、その対応に時間を浪費するほか、従業員のモチベーションが低下し、必要な人員が退職してしまうリスクや、メンタル不調による休職のリスク等を生じさせる可能性があります。

 カスタマーハラスメント対策としては、事前に対応方法・手順を作成し、従業員の相談対応体制を整備することが考えられます。また、実際にカスタマーハラスメントが発生した場合には、事実関係を確認し、本当に商品やサービスに問題があるか確認し、被害を受けた従業員に一人で対応させず、複数名で組織的に対応させるなど、配慮措置を講じるべきでしょう。こうしたハラスメント対策については、厚労省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を策定しており、実務上の参考になります。

 また、小売業で発生したカスタマーハラスメントに係る裁判例において、誤解に基づく申出や苦情を述べる顧客への対応につき、入社時にテキストを配布して苦情を申し出る顧客への初期対応を指導し、サポートデスクや近隣店舗のマネージャーに連絡できるようにして、深夜においても店舗を2名体制とするなどして、接客におけるトラブルが発生した場合の相談体制が十分整えられていた旨を評価した事例があります(東京地判平成30・11・2判例秘書掲載)。

(6)労災の問題

 上記のとおり、社内の従業員・顧客からハラスメントがなされ、当該従業員がメンタル不調に陥れば、労災の問題が生じます。このほか、店舗内で転倒した、商品の納入作業中に怪我をしたといった労災も発生し得ます。

 労災については、厚労省がその認定基準を定めており、それに従った判断がなされます(例えば、精神障害であれば、「心理的負荷による精神障害の認定基準」)。仮に会社の対応が不十分であるなど、会社に安全配慮義務違反が認められる場合には、労災民事賠償に発展する可能性もあるので、注意が必要です。

 

3 小売業・卸売業の方に顧問弁護士がサポートできること

 以上のとおり、小売業・卸売業における主要な労働問題をご説明しましたが、ここで述べた各問題が小売業・卸売業のみで生じるということではなく、当然他の業種でも生じ得ます。とはいえ、管理監督者該当性の問題では、小売店の店長の実態をよく理解したうえでの判断が求められるなど、こうした労働問題の解決にあたっては、当該業界への理解が不可欠です。

 当事務所では、小売業・卸売業の顧問先・お客様からのご相談を多数お受けしております。これまでの相談実績を踏まえ、現場の実態に即したアドバイスをさせていただきます。小売業・卸売業の事業者様で、労働問題が発生した場合には、是非当事務所へご相談ください。

Last Updated on 2023年9月1日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
当事務所では、「依頼者志向の理念」の下に、所員が一体となって「最良の法律サービス」をより早く、より経済的に、かつどこよりも感じ良く親切に提供することを目標に日々行動しております。「基本的人権(Liberty)の擁護、社会正義の実現という弁護士の基本的責務を忘れず、これを含む弁護士としての依頼者の正当な利益の迅速・適正かつ親切な実現という職責を遂行し(Operation)、その前提としての知性と新たな情報(Intelligence)を求める不断の努力を怠らず、LOIの基本理念である依頼者志向を追求する」 以上の理念の下、それを組織として、ご提供する事を肝に命じて、皆様の法律業務パートナーとして努めて行きたいと考えております。現在法曹界にも大きな変化が起こっておりますが、変化に負けない体制を作り、皆様のお役に立っていきたいと念じております。