
文責:木原 康雄
1 労働審判で企業側が負けるとはどういうことか
労働審判とは、裁判官(労働審判官)1名と労働関係に関する専門的な知識経験を有する者(労働審判員)2名が、労働審判委員会を組織して事件を審理し、調停による解決の見込みがある場合にはこれを試み、その解決に至らない場合には、権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な解決案(労働審判)を定める、裁判所の手続です。
通常の訴訟の場合は、要件事実の有無を吟味し、基本的には請求認容か棄却かというAll or Nothingの判断がなされることになりますが、これに対し労働審判は、調停も試みられますし、「権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために必要な」判断を柔軟に行うこととされています。
しかも、原則として最大3回の期日で終了するものとされていますので、通常の訴訟に比べ迅速な解決も期待できます。
そのため、たとえば解雇の効力をめぐる争い、未払い賃金(残業代等)をめぐる争い、ハラスメントを原因とする慰謝料をめぐる争いにおいて、一定の金銭の支払はやむを得ないと考えられる場合等に、企業側から労働審判手続を申し立て、解決を求めるケースもあります。
しかし、労働者側から申立てが行われ、突然、申立書等の関係書類とともに第1回期日の連絡が届くことも少なくありません(むしろ、こちらのケースの方が多いでしょう)。
このケースの場合、企業側は綿密な準備をして申立てを行っているわけではありませんので、準備不足のまま第1回期日に臨んでしまうという事態も生じ得ます。その場合、労働審判委員会に企業側に不利な心証を形成されてしまい、企業側に不利な条件での調停が試みられ、また、企業が負ける(労働者側の請求をすべて、あるいはその多くを認める)内容の労働審判が出されてしまう危険があるということになります。
2 企業が負けた際のリスクと負担
具体的には、前記の例でいえば、まず解雇が無効であるとの労働審判が出された場合、労働契約が継続することになるだけでなく、解雇以降の賃金(バックペイ)や、場合によっては慰謝料の請求にも応じなければならなくなります。
未払い賃金や慰謝料の請求のケースでは、労働者側の請求どおり、あるいはそれに近い多額の金額の支払が求められるリスクが生じます。
そのような企業側に不利な労働審判を避けるため、労働者側に有利な条件での調停に応じなければならなくなるかもしれません。
もちろん、企業側に不利な労働審判に対しては異議申立てが可能で、その場合、手続は通常の訴訟に移行することになりますが、労働審判で負けたということが訴訟にも事実上影響し、訴訟でも敗訴しかねないということを覚悟する必要があります。
企業側の判断が誤っており敗訴に至ったという事実が広まれば、他の従業員のローヤリティーが低下し、社内に混乱が生じかねませんし、社会的なレピュテーションの低下による取引先との関係悪化を招いてしまうかもしれません。
その他、最大3回の期日の労働審判と異なり、三審制の通常の訴訟への対応には、多くの時間と費用を要することになります。
3 企業が負けやすい典型的なケース
(1)法令に抵触しているケース
企業が労働審判で負けてしまうケースとして、まず、法的観点からみて、解雇理由に正当性が認められなかったり、未払い賃金請求や慰謝料請求を拒絶する正当な理由が認められない場合が挙げられます。
(2)合意違反のケース
つぎに、たとえば未払い賃金請求の事案において、労働契約や就業規則の規定に反し、企業側の元々の賃金支払いが少額であったという場合などが挙げられます。
(3)準備不足のケース
さらに、労働審判期日に臨むにあたっての準備が不足している場合が挙げられます。最大3回の期日があるといっても、第1回期日における審理(審尋)で労働審判委員会は心証を形成し、それをもとに以後調停を試みるという流れが多いので、準備不足は致命的といってもよいでしょう。
この準備不足のケースは、①第1回期日の1週間前が提出期限とされる答弁書の記載・主張が不足している、練られていないというケース、②答弁書上の主張を裏付ける客観的証拠を提出していない、または収集しきれていないケース、③第1回期日の審尋で当事者や関係者に事実関係を話してもらうことになりますが、話すべき事実関係が整理できていない、または矛盾等があり、信用性が乏しいと判断されてしまうケースに分けられるでしょう。
4 労働審判で負けないための実務対策
労働審判で負けないためには、上記の典型的なケースを踏まえ、対策を講じる必要があります。
(1)法令に抵触しているケース、合意違反のケース
まず、前記3(1)法令に抵触しているケース、(2)合意違反のケースを踏まえれば、日頃から企業運営・労務管理をチェックし、労働基準法等や就業規則、労働者との合意に反する取扱いになっていないか、コンプライアンス経営という観点からみて問題はないかどうかを点検しておく必要があります。
また、労働者側から、解雇の効力を争う主張や、賃金や慰謝料の請求を受けた場合には、企業側の判断に法的リスクがないかどうか、労働審判手続の申立てを受ける前に、十分な検証を行う必要があります。
そして、負けるリスクがあると判断される場合には、労働審判手続以前の交渉による紛争解決を試みることが考えられます。
(2)準備不足のケース
つぎに、前記3(3)準備不足のケースでは、①事案における争点を的確に整理し、企業側の主張を法律に沿って構成するとともに、労働審判委員会を説得できるよう、それを答弁書にわかりやすく、かつ十分に記述する必要があります。
第1回期日は労働者側の申立てから(企業側に申立書等が届いてから、ではありません)40日以内に開かれるものとされており、答弁書の提出期限は第1回期日の1週間前とされますので、時間がありません。申立書等が届いたら、速やかに弁護士に相談・依頼することも、労働審判で負けないための対策の一つといえるでしょう。
また、②客観的証拠に関しては、それに基づいて答弁書を作成することになりますから、①より更に短期間で収集し、整理することが必要となります。そのためには、とにかく時間がありませんので、申立書が届いてから客観的証拠の有無を確認するのではなく、事前に(紛争が生じる前から、また紛争が生じた時に)、証拠を収集・整理しておくことが重要となります。
さらに、③当事者や関係者に関しても、誰に供述・証言してもらうのが効果的かを検討する、その者が第1回期日に出席できるようスケジューリングを行う、供述・証言内容を整理して準備する、といったことが必要になります。
5 当事務所のサポート内容
労働審判で負けないためには、以上のように、法令や合意に則った主張を説得的に記述した答弁書の作成、事案の法的検証、証拠の整理、当事者・関係者の供述・証言内容の準備が必要だということになりますが、これらは、労働関係法令に精通し、労働審判や訴訟等の法的手続に多く携わっている弁護士に依頼するのが効果的です。
また、その依頼も、紛争が生じた法的手続外の交渉段階から、あるいは、労働審判の申立書等が届き次第速やかに行うことが重要といえます。
当事務所も労働審判や訴訟に関し、多数の経験を有しておりますし、日頃の企業運営・労務管理の法的チェックという点でもお役に立てますので、ご相談いただければと思います。
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Last Updated on 2026年2月9日 by loi_wp_admin



