
文責:中野 博和
1 経歴詐称とは?
経歴詐称とは、履歴書や採用面接等において、学歴、職歴、犯罪歴等の経歴を偽ることをいいます。なお、高学歴を装う場合のみならず、低学歴を装う場合も経歴詐称に該当する場合があります(スーパーバッグ事件・東京地判昭和55年2月15日労判335号23頁参照)。
経歴詐称は、労働者の適正な配置、人事管理等の企業秩序に混乱を生じさせることから、一般に懲戒事由として認められています。
2 社員の経歴詐称への対策とは?
まずは内定などについて、従前以上に厳しい採用段階の選別・審査が必要でしょう。予防策として、また、仮に採用後経歴詐称がわかったときの対処をしやすくするためにも、会社の人事管理体制を整備し、募集条件を明確化しておくことが必要です。
たとえば、どんな学歴、経歴・資格が必要であり、それに応じた人事管理がなされているということを明確にし、かつ、実行し、これに違反する従業員に対して公正に対処できる懲戒規定をおいた就業規則を整備することです。
また、採用面接等において、病歴や犯罪歴など、気になる経歴について質問をしておくことも重要です。
雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う(民法1条2項)ものと考えられており(炭研精工事件・東京高判平成3年3月20日労判592号77頁等)、質問に対して虚偽の回答をした場合、懲戒事由に該当し得るためです。
なお、病歴や犯罪歴は「要配慮個人情報」(個人情報保護法2条3項)に該当しますので、本人の同意なしに情報を取得することはできませんので、採用応募者は、病歴や犯罪歴について回答しないこともできますが、その回答の態様等も含めて、採用の可否を判断することになります。
ただし、労働者は信義則上真実を告知すべき義務を負うのは、使用者が必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合に限られますので、病歴や犯罪歴等の経歴に関して質問をするにも、労働力評価や企業秩序の維持に関係する限度で質問をするにとどめる必要がある点には、注意が必要です。
中途採用の場合では、職歴について、元の勤務先には、退職する労働者が求めた場合、使用期間等の証明書を当該労働者に交付する義務がある(労基法22条1項)ため、元の勤務先での職歴、退職理由を明示した証明書の提出を採用応募者に求めることも考えられます。
この証明書については、記載内容も重要ですが、もし、この証明書を円滑に提出することができない場合には、元勤務先との間で何らかのトラブルがあったことを示し、そのような応募者の採否の考慮要素になるでしょう。
3 経歴詐称で懲戒解雇は可能ですか?
どのような経歴を偽った場合でも常に懲戒解雇が可能となるというわけではありません。経歴詐称で懲戒解雇が可能となるのは、重要な経歴を偽った場合に限られています。
重要な経歴を偽ったといえるのは、その経歴詐称が事前に発覚したとすれば、使用者は雇用契約を締結しなかったか、少なくとも同一条件では契約を締結しなかつたであろうと認められ、かつ、客観的にみても、そのように認めるのを相当とする場合(神戸製鋼所事件・大阪高判昭和37年5月14日労民集13巻3号618頁)であると考えられます。
具体的には、例えば、最終学歴は重要な経歴に該当し得ます。
裁判例には、最終学歴は人の一生における修学時代の頂点を占めるものであつて、ある人の有する知力、能力を必ずしも正確に表現するものとはいえないにしても、一応その判定の目安になると一般的に受け取られており、未知の人の能力評価にあたっては無視できない要素とされ、一般の採用契約にあたって最終学歴の表示を要求されない場合は極めて異例であること、使用者は労働者を採用するにあたって知り得た最終学歴を、他の職歴とともに採用後における労働力の評価、労働条件の決定、労務の配置管理の適正化等の判断資料に供するのが一般であることなどを理由として、最終学歴は一般的に重要な前歴に当たると判断し、懲戒解雇を有効としたものがあります(神戸製鋼所事件・大阪高判昭和37年5月14日労民集13巻3号618頁))。
また、職歴についても、重要な経歴に該当し得ます。
裁判例には、実際にはJAVA言語のプログラミング能力がほとんどなかったにもかかわらず、技術経歴書にはJAVA言語のプログラミング能力があるかのような職歴であることを記載したことなどが、重要な経歴を偽ったものといえる旨判断し、懲戒解雇を有効としたものがあります(グラバス事件・東京地判平成16年12月17日労判889号52頁)。
犯罪歴も、重要な経歴に該当し得ます。
裁判例には、名誉毀損罪により2年6か月服役していたにもかかわらず、これを秘匿した上、その間、渡米して経営コンサルティング業務に従事していた旨の略歴書を提出したことが、重要な経歴を偽ったものといえる旨判断し、懲戒解雇を有効としたものがあります(メッセ事件・東京地判平成22年11月10日労判1047号5頁)。
なお、裁判所は、犯歴に関係して、世間感覚よりは、経歴詐称への該当性を制限的に見る傾向があることにも留意が必要です。
社会的には、履歴書の賞罰欄について、刑事罰を受けた前科と嫌疑を受け逮捕・勾留され起訴猶予で不起訴となったような前歴を含むものとも考えられますが、「履歴書の賞罰欄にいわゆる罰とは、一般的には確定した有罪判決をいうものと解すべき」として、公判係属中の事件はこれに含まれないとした炭研精工事件(炭研精工事件・東京高判平成3年3月20日労判592号77頁)や、「履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは一般に確定した有罪判決を意味するから、使用者から格別の言及がない限り同欄に起訴猶予事案等の犯罪歴(いわゆる「前歴」)まで記載すべき義務はな」く、また、刑の消滅(刑法34条の2参照)した前科についても、「その存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるを得ないといった特段の事情のない限りは、労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないとしたマルヤタクシー事件(仙台地判昭和60年9月19日労判459号40頁)があります。
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4 経歴詐称で懲戒解雇を実施する際の注意点
前歴の報告書の提出を求められたにもかかわらず、虚偽の記載をして報告したことについて一応懲戒解雇に値するとしながらも、すでに入社後6年間勤務していたことにより、会社においても当該労働者の全人格を評価するに必要な判断の資料を得たわけであるので、会社は同人に相当程度の信頼を置くに至ったはずであるとして懲戒解雇を認めなかった裁判例(東光電気事件・東京地決昭和30年3月31日労民6巻2号164頁)や、経歴詐称があったものの会社としては試用期間を経てともかく採用することができると考えて当該従業員を採用したのであるから、当該従業員の詐欺によって会社は重要な部分の錯誤に陥っていないとして、契約を取り消すべき詐欺にも要素の錯誤にも当たらないとした裁判例(第一化成事件・東京地判平成20年6月10日労判972号51頁)があります。
したがって、入社後一定の期間問題なく勤務を継続してから経歴詐称が発覚したような場合には、偽った経歴が重要なものであったとしても、懲戒解雇が認められない可能性がありますので、入社後どの程度の期間勤務していたかを確認しておく必要があります。
5 入社前、入社後での経歴詐称への対応の違い
入社前に経歴詐称が発覚した場合には、いわゆる採用内定の段階ですので、内定取消を検討することになります。
他方、入社後に経歴詐称が発覚した場合には、もはや採用内定の段階にはありませんので、懲戒解雇等を検討することになります。
6 入退社トラブルについて当事務所がサポートできること
当事務所では、労働問題に精通した弁護士が多数在籍しており、経歴詐称事案が起きたときの事実関係の調査、従業員の処遇、懲戒処分等の留意点についてアドバイスさせていただくことができます。
従業員の経歴詐称については、その疑いがあるときから、当事務所にご相談の上、早期に適切に対応することをお勧めいたします。
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Last Updated on 2025年3月4日 by loi_wp_admin