IT業界における偽装請負問題と弁護士による対策

IT業界における偽装請負問題と弁護士による対策

文責:木原 康雄

1 偽装請負とは

IT業界においては、発注者から、社内で使用するシステムの開発を請け負い、またはその業務委託を受け、自己の労働者に、継続的にその開発を担当させるということはよくあると思います。

ここで請負契約とは、受注者が発注者から独立して仕事をして、その完成を約する契約をいいます。また、業務委託契約も、発注者から委託された事務を、受注者が独立して遂行する契約をいいます。「独立して」ですので、これらの契約では、発注者と受注者側の労働者との間に指揮命令関係が生じないことが前提となっています。

    ところが、受注者側の労働者が発注者のオフィスに出張して作業をし、しかも、発注者から出されるニーズや要望を継続的・適宜に汲み取りながらシステムを開発していく中で、発注者側の担当者が当該受注者側の労働者に直接指揮命令してしまうということが、よく起こり得るのではないでしょうか。

    しかし、発注者が直接指揮命令してしまうと、実質的には、受注者が「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させること」(労働者派遣法2条1号)になってしまい、これは労働者派遣であると判断されることになります。

    そうすると、実際は労働者派遣を行っているにもかかわらず、労働者派遣法で定められている諸手続(労働者派遣事業の許可や、様々な手続)を履践していない違法行為であると評価されてしまうことになります。

    このように、実質的に労働者派遣状態となっており、請負契約等の形式がいわば「偽装」になってしまっている場合を、「偽装請負」と呼んでいます。

    2 偽装請負の場合のリスク

    「偽装請負」(労働者派遣法違反)となってしまっている場合、受注者だけでなく、発注者も、行政指導の対象となります(労働者派遣法48条)。

    また、受注者は、改善命令(同法49条1項)の対象となり得るほか、労働者派遣事業の許可がないことを理由に罰則が適用され得ます(同法59条2号)。発注者も、企業名公表(同法49条の2)の対象となり得るほか、派遣先責任者を選任したり、派遣先管理台帳を作成していないことを理由に、刑罰の対象とされてしまう可能性があります(同法61条3号)。

    さらに、当該「偽装請負」が労働者派遣法の規定・規制を免れる目的で行われたものと判断される場合には、発注者が、受注者側の労働者に対し、受注者・労働者間の労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申し込みをしたものとみなすこととされています(同法40条の6第1項第5号)。この場合、「偽装請負」行為が終了した日から1年以内に当該労働者が承諾すれば、発注者・当該労働者との間に直接の労働契約関係が生じることになります(同法40条の6第2項・第3項)。

    3 偽装請負にならないためのポイント

    以上のとおり、「偽装請負」と判断されてしまった場合、様々なリスクが生じることになりますので、「偽装請負」(実質的な労働者派遣)にならないようにするポイントを押さえ、実践することが必要です。

    このポイントについては、厚生労働省が「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区別に関する基準」(昭和61年労働省告示第37号、最終改正平成24年厚生労働省告示第518号)及びその疑義応答集によって示しています(厚生労働省のHPに掲載されています)。

    特に受注者が押さえるべき、実質的な労働者派遣にならないためのポイントは、以下のとおりです。発注者も、受注者による以下のポイントの実践を阻害しないようにしなければなりません。

    なお、下記のほか、アジャイル型開発に関しては、疑義応答集・第3集が解説していますので、参照してください。

    (1)受注者は、次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより、自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用する必要があります。

    イ 業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行うこと

    この「業務の遂行に関する指示」には、①労働者に対する業務の遂行方法に関する指示と、②労働者の業務の遂行に関する評価等に係る指示とが含まれます。

    たとえば、発注者が請負業務の作業工程に関して、仕事の順序・方法等の指示を行ったり、受注者側の労働者の配置や、労働者一人ひとりへの仕事の割付等を決定したりすることは、受注者が自ら業務の遂行に関する指示その他の管理を行っていないことになりますので、偽装請負と判断されることになります(こうした指示は口頭に限らず、文書等による場合も同様です。疑義応答集の7)。

    また、作業工程の変更や不具合があった場合の再制作に関しても、発注者が直接、受注者側の労働者に指示した場合、偽装請負と判断されることになります(疑義応答集の2)。

    このような発注者による直接の指示を避けるためには、まず、発注者・受注者間で合意して締結する請負契約の中で、作業工程やその変更、再制作の際の手順を、予め詳細に定めておくことが考えられます。

    また、受注者としては、現場で逐次、事業主に代わって、作業の遂行に関する指示、受注者側の労働者の管理、発注者との注文に関する交渉等にあたる管理責任者を置く必要があります。

    なお、受注者側の労働者が1人しかいない場合、当該労働者が管理責任者を兼任することはできず、当該労働者以外の管理責任者または事業主自身が、上記の指示、管理等を行うことになります。

    ただし、当該管理責任者が上記指示、管理等を自ら的確に行っている場合には、多くの場合、管理責任者が発注者の事業所に常駐していないことだけをもって、直ちに労働者派遣であると判断されることはないものとされています(疑義応答集・第2集の問8)。

    ロ 労働時間等に関する指示その他の管理を自ら行うこと

    この「労働時間等に関する指示」には、①労働者の始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示と、②時間外労働及び休日労働の指示とが含まれます。

    請負においては、受注者は自己の就業規則、服務規律等に基づき、労働者を指揮命令して業務を遂行する必要があり、単に労働時間を把握しているだけでは、自ら指揮命令しているとはいえませんので、注意が必要です。

    ただし、たとえば、受注者の業務の効率化、各種法令等による施設管理や安全衛生管理の必要性等合理的な理由がある場合に、結果的に発注者と同様の就業時間・休日、服務規律、安全衛生規律等となったとしても、それのみをもって直ちに労働者派遣であると判断されることはないこととされています(疑義応答集・第2集の問11)。

    ハ 企業における秩序の維持、確保等のための指示その他の管理を自ら行うこと

    この「企業における秩序の維持、確保等のための指示」には、①労働者の服務上の規律に関する事項についての指示と、②労働者の配置等の決定及び変更とが含まれます。

    (2)受注者は、次のイ、ロ及びハのいずれにも該当することにより、請負契約等により請け負った業務を自己の業務として、発注者から独立して処理する必要があります。

    イ 業務の処理に要する資金につき、すべて自らの責任の下に調達し、かつ、支弁すること

    ロ 業務の処理について、民法、商法その他の法律に規定された事業主としてのすべての責任を負うこと

    ハ 単に肉体的な労働力を提供するものでないこと

    そのためには、受注者が①自己の責任と負担で準備・調達する機械・設備・器材、材料・資材により業務を処理するか、または、②自ら行う企画もしくは自己の有する専門的な技術・経験に基づいて、業務を処理する必要があります。

    なお、上記①について、業務の処理自体に直接必要とされる機械・資材等を発注者から借り入れたり、購入したりする場合は請負契約とは別個の双務契約が必要です。 他方、業務の処理に間接的に必要とされるものや(たとえば、請負業務を行う場所の賃貸料や、光熱費)、業務の処理に伴いって発注者から受注者に提供されるもの(たとえば、更衣室やロッカー)については、 別個の双務契約までは必要なく、その利用を認めること等について請負契約中に包括的に規定されているのであれば特に問題にならないものとされています(疑義応答集の13)。

    4 偽装請負にならないために当事務所でサポートできること

    「偽装請負」にならないようにするためのポイントは以上のとおりですが、これらのポイントを条文化して、請負契約書等に落とし込む必要があります。

    また、その際、請負代金は受注者側の労働者の実労働時間を単位にして決める形でもよいのかどうか、さらに契約締結後の運用の場面でも、作業場所は発注者側の労働者と同じ場所で問題ないのかどうか、発注者による注文・指示は、具体的にどのような場合に指揮命令と評価されてしまうのかなどの問題に適切に対処しなければなりません。

    そのためには、関係法令や裁判例を前提とした法的判断が必要になりますが、労働契約や労働者派遣等の労務問題を多く手掛けてきた当事務所は、この点についてアドバイス・お手伝いすることができます。まずは、お気軽にご相談ください。

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    この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
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