文責:福井 大地
0 よくあるご相談
当社は、従業員の一人について能力不足を理由として解雇しました。ところが、当該従業員から依頼を受けた弁護士が、当該解雇は不当解雇であって無効であると主張し、解雇日からの賃金を請求してきました。解雇日以降、当該従業員は現実に就労しておらず、他社に就職し賃金を得ています。それにもかかわらず、当社が賃金を支払う義務があるのでしょうか。
1 バックペイとは?
解雇について、労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」として無効となる場合を定めています。
それでは、会社が従業員に対して行った解雇が不当解雇であり同条等を根拠として無効である場合、解雇後に就労できなかった期間の賃金はどうなるのでしょうか。
そもそも、賃金は労務提供の対価であって、労働者の就労が無ければ賃金は発生しないのが原則です(ノーワークノーペイの原則)。
もっとも、会社が従業員に対して行った解雇がいわゆる不当解雇であり無効である場合、就労できなかった原因は不当な解雇にあり、会社の責めに帰すべき事由があるのが通常です。この場合には、例外的に就労できなかった期間の賃金は尚も発生し得ます(民法536条2項)。
このように、解雇が無効である場合に遡って支払わなければならない未払賃金について、「バックペイ」と呼ばれます。
以下、バックペイについて詳述します。
2 バックペイの範囲について
バックペイとして請求できるのは、労働者が解雇されていなかったならば労働契約に基づき確実に支給されたであろう賃金額です。時的には、解雇時から現在まで発生し、時間の経過とともに増加するのが通常です。
それでは、賃金のうち基本給以外の賞与、時間外手当等について、これに含まれるでしょうか。
賞与については、賞与が査定の上で支給額が決定される形態の場合には、バックペイとして認められない傾向にあります(本庄ひまわり福祉会事件(東京地方裁判所判決 平成18年1月23日労判912号87頁)など)。他方で、就業規則上、賞与支給額が形式的に確定する場合や、最低保障的な金額が定められている場合等には、これらの金額についてバックペイとして認められる傾向があります。
時間外手当については、現実に時間外労働を行って初めて発生するものであるとしてバックペイとして認められない傾向がありますが、固定残業代として設けられている場合には、現実の時間外労働の有無とは無関係に最低限支払われていたと認められる以上、バックペイに含まれるのが通常です。
このように、諸手当がバックペイに含まれるかは、各手当の性質・運用等に照らし、検討する必要があります。
3 従業員が就労の意思・能力を失っている場合について
上記のとおり、解雇が無効である場合には、バックペイが発生することが通常です。
もっとも、解雇が無効である場合であっても、従業員自身において就労の意思又は能力を有しない場合には、賃金は発生しません。また、解雇時点では有していたものの後に失った場合には、失って以後賃金は発生しません。なぜならば、この場合には、就労できなかったことの原因が会社の責めに帰すべき事由によるものとはいえないためです。典型的には、私傷病のために解雇が無くとも就労し得ない場合などが挙げられます。
ただし、労働者が就労の意思又は能力を有せず、又はこれを後に失った場合であっても、その喪失の原因が会社の責めに帰すべき事由によるといえる場合には、賃金は発生します。例えば、
・ 上司のパワーハラスメントにより、うつ病となり、就労の意思も能力も失った場合
・ 会社の安全配慮義務違反により業務上負傷し、そのために就労の能力を失った場合
などが挙げられます。
なお、解雇後に他の職に就こうとも直ちには就労の意思を失ったとは判断されず、尚も解雇された会社で就労する意思がある限りは、他職での収入が後述4の中間収入の控除の問題となるにすぎません。
4 従業員が解雇期間中に収入を得ている場合について
判例によれば、従業員が解雇期間中に他の職に就いて収入(以下「中間収入」といいます。)を得たときは、その収入が副業的であって解雇が無くても当然に取得しうるなど特段の事情がない限り、民法536条2項に基づき、使用者に償還すべきものとされています。なぜならば、そのような場合には、解雇元の会社から解雇されることにより就労を免れたが故に、他の職で就労し中間収入を得る機会を得たものであって、解雇と中間収入に因果関係があるためです。
その上で、会社としては、従業員が償還すべき中間収入について、一定の範囲でバックペイから控除することができますが、控除の範囲について以下の制約があります(あけぼのタクシー事件・最一小判昭和62・2判時1244号26頁)。
① 賃金のうち、平均賃金の6割に達するまでの部分については、中間収入を控除できない(⇒平均賃金の6割に達するまでの部分は労働者の生活保障のために確保される。)。
② 中間利息が平均賃金の4割を超える場合には、その超える部分について、更に平均賃金に算入されない賃金(賞与など)を対象として控除することができる。
③ 解雇期間中の賃金について、当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間収入のみを控除することができる。
(e.g.)例えば、月給制の下における3月の基本給から控除できるのは3月を対象とする中間収入であって、5月の中間収入を控除できない
5 バックペイのリスクについて
バックペイについては、その性質上、解雇時から期間が経過すればするほど金額が増え続け、また付随して遅延損害金も発生・増加します。そのため、その金額は莫大な金額になるケースもあるため、解雇が無効であった場合のリスクは大きいといえます。
そのため、解雇に際しては、第一に実体的に有効といえるか、またその有効性を基礎づける証拠・資料が十分か否かについて慎重に判断する必要があります。
また、実体的に解雇が有効であっても、対象となる従業員が納得していない場合には訴訟等により争われる事実上のリスクが小さくないため、解雇に際して、その理由について十分な説明が必要でしょう。
さらに、解雇無効確認を内容とする交渉・労働審判・訴訟等においては、現実には一定の解決金による和解により終了する場合も少なくありません。解雇の有効性について両者にとって有利・不利な事実・証拠等を考慮した上、適切な解決金を見極める必要があります。
6 バックペイ・解雇トラブルについて当事務所がサポートできること
上記のとおり、バックペイ・解雇のトラブルについては、第一に解雇に先立ち解雇を有効になしうるのか調査・確認することが肝要です。労働問題を専門とする当事務所は、解雇の可否について企業から多くの相談を受けてきた実績があります。
また、従業員が訴訟等により解雇を争った場合には、和解も見据えた適切な対応が要されるところ、当事務所は解雇無効確認・バックペイ請求の交渉・労働審判・訴訟等に対応してきた多数の実績があります。
従業員の解雇を検討している方は、当事務所に一度お気軽にご相談ください。
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Last Updated on 2024年9月6日 by loi_wp_admin