
文責:岩出 誠(弁護士・東京都立大学法科大学院非常勤講師)
はじめに
IPO(新規株式公開)準備における労務デューデリジェンス(以下、「労務DD」ともいう)は、企業が上場企業としてふさわしい労務管理体制を構築・運用しているかを確認するために不可欠なプロセスです。その重要性と、プロセスにおける弁護士の役割は以下の通りです(なお、。労務DD自体の全般的留意点については、当事務所WEB掲載の中村仁恒「労務DDの主要チェックポイントについて弁護士が解説」を参照下さい)。
Ⅰ 労務デューデリジェンスの重要性
1 法令遵守状況の確認とリスクの洗い出し
IPO(新規株式公開)に当たっては、企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性が審査されます。
上場審査等に関するガイドラインでは、「新規上場申請者の企業グループにおいて、その経営活動その他の事項に関する法令等を遵守するための有効な体制が、適切に整備、運用され、また、最近において重大な法令違反を犯しておらず、今後においても重大な法令違反となるおそれのある行為を行っていない状況にあると認められること。」(一部改正〔平成21年8月24日、平成21年12月30日、令和2年11月1日〕が求められています(平成19年11月1日「上場審査等に関するガイドライン(東京証券取引所)」 の4の(5))。
具体的には、労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法、労働者派遣法、その他関連法規が遵守されているかを確認します。
例えば、未払い残業代、不適切な雇用契約(名ばかり管理職、偽装請負など)、社会保険の未加入、安全配慮義務違反、様々なハラスメント問題など、潜在的な法的リスクやコンプライアンス違反を特定します。
2 上場審査への対応
証券取引所は、上記Ⅰのガイドラインに示されるように、上場審査において企業のコーポレート・ガバナンスや内部管理体制を厳しくチェックされます。労務管理はその重要な一部であり、不備があれば上場の承認が得られない、または上場延期につながる可能性があります。
労務DDの結果は、上場申請書類の記載内容の正確性を担保し、審査機関からの質問に的確に答えるための基礎資料となります。
3 財務・評価への影響特定
多額の未払い残業代などが発覚した場合、過去に遡って支払いが必要となり、企業の財務状況に大きな影響を与える可能性があります(偶発債務の発生)。これは企業価値評価(バリュエーション)にも影響します。
上記Ⅰのガイドラインにおける「企業内容等の開示の適正性」の確保に違反する事態も想定されます(同ガイドライン5(2)「新規上場申請書類のうち企業内容の開示に係るものについて、法令等に準じて作成されており、かつ、次のa及びbに掲げる事項その他の事項が適切に記載されていると認められること。/a 新規上場申請者及びその企業グループの財政状態及び経営成績、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等の投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項」等)。
また、労務リスクは、投資家からの信頼を損ない、株価形成に悪影響を与える可能性があります。
4 内部管理体制の強化
労務DDを通じて明らかになった問題点を是正することで、就業規則の見直し、勤怠管理システムの改善、人事評価制度の整備など、上場企業に求められる水準の労務管理体制を構築する契機となります。
5 レピュテーションリスクの回避
上場後に重大な労務問題が発覚した場合、訴訟リスクだけでなく、企業の社会的信用やブランドイメージが大きく損なわれる(レピュテーションリスク)可能性があります。労務DDにより事前に問題を把握し、対処しておくことが重要です。
Ⅱ 労務デューデリジェンスにおける弁護士の役割
弁護士は、その法的専門知識に基づき、労務DDにおいて中心的な役割を担います。
1 法的観点からの調査・分析
労働関連法規に関する深い知識を駆使し、雇用契約書、就業規則、賃金台帳、タイムカード、36協定、賃金控除等の様々な労使協定、安全衛生関連資料などを精査し、法的な問題点やリスクを特定・評価します。
その検討に際して、単にルールが整備されている否かだけでなく、実際の運用実態が法的に問題ないか(例えば、名ばかり管理職、サービス残業の実態、ハラスメントの有無など)を、ヒアリング等を通じて調査します。
2 リスクの評価と影響分析:
さらに、上記調査・分析で特定された問題点が、どの程度の法的リスク(訴訟リスク、行政指導リスク、罰金など)や財務的影響(未払い賃金の額など)を持つかを評価します。
その上で、上場審査や投資家の観点から、どのリスクが重要視されるかを判断します。
3 改善策の提案と実行支援
発見された問題点に対し、法的に準拠した具体的な改善策(就業規則の改定案、新たな運用ルールの設計、過去の未払い賃金の清算方法と清算実施への具体的アドバイスと交渉支援など)を提案し、共同して実施します。
さらに必要に応じて、具体的改善策の実行を法的な側面からサポートします。
4 報告書の作成
以上を踏まえて、調査結果、特定されたリスク、評価、改善提案などをまとめた詳細なデューデリジェンス報告書を作成します。この報告書は、経営陣、監査法人、主幹事証券会社などが、企業の労務リスクを把握し、適切な意思決定を行うための重要な資料となります。
5 関係者との連携
必要に応じて、社会保険労務士(社労士)や監査法人、主幹事証券会社など他の専門家や関係機関と連携し、情報を共有しながら調査を進めます。特に、具体的な手続きや書類作成においては社労士との連携が重要になる場合がありますが、法的リスクの評価や根本的な法的問題の解決においては、判例・裁判例・通達等をも踏まえて、予防法学的観点のみならず、紛争の事後的な解決のノウハウをも踏まえた弁護士の役割が中心となります。
結論として、IPO準備における労務DDは、潜在的なリスクを洗い出し、上場企業としての適格性を担保するために極めて重要な作業です。弁護士は、その法的専門性をもって調査・分析・リスク評価・改善提案を行い、企業が法的問題をクリアし、スムーズな上場を達成できるよう支援する重要な役割を担っています。
Ⅲ IPO準備における労務デューデリジェンスについて当事務所でサポートできること
IPO準備における労務デューデリジェンスについては、その具体的作業においては、、労働事件・労務管理について多くの経験を有する弁護士に相談するのが有益です。当事務所は、正に、IPO準備における労務デューデリジェンスとそこで発見された問題点の改善のための経験を数多く経験しております。
例えば、未だに多い名ばかり管理職問題、割増賃金部分と通常賃金との判別可能性を欠く不適法な固定残業代支給問題、時間を算定し難いとの要件を欠く事業場外労働利用問題、実態的または手続的要件を欠く裁量労働制、変形労働時間制、フレックスタイム利用問題とこれらの諸問題による未払残業代請求等のリスクを顕在化させないため、その清算和解合意交渉の支援等を数多く経験しております。
その他の例として。労災民事賠償事件等の一切の係争も、上場申請前には、訴訟前後を問わず、全て解決しておかねばならず、そのための示談や和解交渉にも多くの経験を積んでいます。
これらの作業を円滑に進めるためにも、あるいは、その作業中の紛争を予防する労務管理体制を構築するためにも、当事務所にご相談いただければと思います。
また、労務DD遂行のための各段階での、各制度や法令・判例を踏まえた紛争防止と課解決のための各種セミナー講師などにおいても、ご相談いただければと思います。
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Last Updated on 2025年4月23日 by loi_wp_admin