
文責:中村 仁恒
1 労務デューデリジェンス(労務DD)とは何か?
労務デューデリジェンス(労務DD)とは、M&AやIPO等の際に、企業買収・企業再編や上場にあたって意思決定に影響を及ぼすような人事労務上の問題点がないか、調査、検討する手続きことをいいます。具体的には、対象となる企業の人事労務管理体制、人事諸規程、労働条件、労使関係、コンプライアンス遵守状況などを多角的に調査し、潜在的なリスクや問題点を洗い出すプロセスです。なお、デューデリジェンスには、労務DDのほか、法務、税務、財務など、様々な種類があり、その分野ごとに、弁護士、社労士、公認会計士、税理士等の専門家が関与しています。
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2 M&Aにおける労務DDの目的と意義
労務DDでは、後述するように、重大な簿外債務が発見されることがあり、場合によってはM&Aの条件変更や、実行自体を再検討する必要が生じることがあります。
また、対象企業の人事制度や企業文化、労使の在り方、法令順守状況などを把握することで、M&A後のPMIを円滑にするための準備にもなります。
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3 労務DDで発見されるリスクとは
M&Aの労務DDでは、以下のような人事労務に関する様々なリスクが発見される可能性があります。
(1)未払残業問題(割増賃金)
未払残業問題は、労働時間管理や管理監督者性、固定残業代の有効性等に絡み、多数の従業員に対する簿外債務となり、多額の債務となるリスクがあります。
主な検討ポイントとして、以下のようなものがあります。
・労働時間の適切な把握
・割増賃金の単価計算
・固定残業代の有効性
・管理監督者性
・変形労働時間制・フレックスタイム制
・事業場外みなし
(2)社会保険・労働保険
保険料の未払いがある場合には、それが簿外債務となります。また、支払うべき金額を支払っていない(加入していない場合と金額が適正でない場合の双方を含む)場合には、従業員から損害賠償請求を受けるリスクもあります。
(3)安全衛生管理
安全配慮義務の不履行があり、労災が発生した場合には、会社はそれによって生じた損害を賠償する義務を負います。労災において安全配慮義務違反が認められると、多額の損害賠償義務が発生することもままありますので、留意が必要です。
(4)過去に行われた解雇等
対象会社が過去に解雇や雇止め等を行っている場合、解雇や雇止めが争われ、復職の請求と併せて、バックペイの請求がなされるリスクがあります。
(5)ハラスメント・労使トラブルの潜在リスク
各種ハラスメントの発生状況、予防・対応体制に不備がある場合、潜在的に各種ハラスメント等が存在するリスクや、適切な対処がなされていないリスクがあります。これらは従業員の士気低下、生産性悪化、人材流出、企業イメージ毀損、損害賠償請求リスクにつながりますので、問題が表面化していない場合でも、PMIにおいて対応する必要があります。
(6)キーパーソンの意向の確認
事業の継続に大きな影響を及ぼすキーパーソンなどが存在する場合には、可能な範囲で、当該人物の今後の在籍に関する意向を確認することが考えられます。
4 労務DDを実施しない場合のリスク
労務DDを十分に実施しないままM&Aを進めてしまうと、上記のようなリスクが見落とされ、企業価値が適正に評価されないリスクや、PMIにおいて適切な対応が取れないことに繋がってしまいます。
M&A後にトラブルが発生した場合、例えば、買収後に未払残業代請求等が表面化し、訴訟等に発展した場合、多額の費用負担等が発生しますし、行政機関からの是正勧告や社名公表などが行われれば、企業の社会的信用が失墜し、レピュテーションリスクやブランドイメージの毀損につながり、結果として企業価値が大きく低下する恐れがあります。
また、M&Aに伴う労働条件の変更や処遇への不安、企業文化のミスマッチなどから、従業員のモチベーションが低下し、場合によると退職につながることもあります。特に、キーパーソンとなる優秀な人材が、M&A後の混乱や将来への不安から退職してしまうと、事業継続に支障をきたす可能性も否定できません。
上記のようなリスクを回避し、M&Aを成功に導くためには、事前の徹底した労務DDが不可欠です。
5 弁護士が労務DDに関与するメリット
労務DDは、労働関連法規や判例、労使交渉や行政実務に関する高度な専門知識が求められる分野です。そのため、経験豊富な弁護士が関与することで、以下のようなメリットが期待できます。
・売手企業からの必要十分な情報開示と迅速化
・法的観点からのリスク洗い出しと評価
・労務リスクを考慮したM&A契約の策定
発見された労務リスクの内容や程度に応じて、価格交渉や、M&A契約書(株式譲渡契約書など)における表明保証条項や補償条項の交渉を有利に進めるためのアドバイスを提供することができます。また、特定の労務リスクの解決をクロージング(取引実行)の前提条件とするなど、契約を通じたリスクヘッジ策を提案することも可能です。
・トラブル発生時の対応策の提案
さらに、M&A実行前から、万が一労務リスクが顕在化した場合の具体的な対応策(訴訟対応、行政対応、従業員との交渉に関する戦略など)を検討し、準備することも可能となります。
・PMI(経営統合プロセス)における人事制度の統合や労務コンプライアンス体制の再構築
弁護士は、単にリスクを発見するだけでなく、そのリスクをどのように評価し、M&Aの意思決定や契約条件に反映させ、さらにはM&A後の統合プロセスでどのように解決していくべきかについても、一貫してサポートすることが求められます。そのため、労務DDに習熟した法律事務所への依頼が重要です。
6 当事務所のサポート内容
当事務所では、M&Aにおける労務DDに関して、M&Aの各フェーズに応じた専門的なサービスを提供しています。M&Aの検討段階から実行、そしてPMIに至るまで、ニーズに合わせたきめ細やかな労務DDを実施します。
M&Aを成功に導き、その後の持続的な企業成長を実現するために、ぜひとも専門家である弁護士の知見と経験をご活用ください。
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Last Updated on 2025年5月30日 by loi_wp_admin