
文責:中村 仁恒
1. 労務DDとは
労務デューデリジェンス(労務DD)とは、M&AやIPO等の際に、企業買収・企業再編や上場にあたって意思決定に影響を及ぼすような人事労務上の問題点がないか、調査、検討する手続きことをいいます。なお、デューデリジェンスには、労務DDのほか、法務、税務、財務など、様々な種類があり、その分野ごとに、弁護士、社労士、公認会計士、税理士等の専門家が関与しています。⇒既存記事参照
2. 労務DDの主要チェックポイント
以下、労務DDの主要なチェックポイントについて解説します。
2-1.全体的な人員構成と就業規則等の確認
検討に当たり、まずは、各拠点や部門別の従業員数および各雇用形態の内訳を把握し、全体的な従業員の構成を把握することが有益です。後述する各ポイントのどのあたりに問題が潜んでいるか、全体像の把握をすることで、予測が立つことがあります。
また、法的には、各雇用形態に対応する就業規則類が整備されている必要があります。例えば、正社員、契約社員、パート社員が存在する場合、それぞれに対応する就業規則が必要となります。それが存在しない場合、就業規則の作成、届出義務違反に当たってしまいます(労基法89条)。上記の義務違反だけでなく、各雇用形態に対応する就業規則を欠くということは、当該雇用形態に関する労働時間・賃金等の重要なポイントを含む労働条件が曖昧になっているリスクが高いことも意味します。さらに、就業規則は、常時各作業場の見やすい場所へ掲示するなどの法所定の方法によって、労働者に周知させなければなりません(労基法106条1項、労基則52条の2)。また、就業規則によって、従業員との労働契約内容を規律させるためには、就業規則を労働者に実質的周知すること(労働者が知ろうと思えば知り得る状態に置くこと)が必要とされているため(労契法7条)、周知状況についても確認が必要となります。
以上より、まずは対象会社の全体的な従業員の構成や雇用形態を把握し、それらに対応する就業規則の作成・届出や周知の状況を確認すべきことになります。
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2-2. 割増賃金(残業代)に関する調査
(1)労働時間の適切な把握
ア 労働時間の概念
労働時間とは、使用者の指揮命令下にある時間をいい、その該当性判断は客観的になされます。
労働時間には、本来的な業務時間の他、業務を遂行するために必要な準備作業の時間、たとえば、更衣、業務前後の掃除や後片付け、指示による研修時間、交替制勤務における引継ぎ時間、業務報告書等の作成時間、会議・打ち合わせ等の時間、指示による施設行事等の時間及びその準備時間、事業場から営業先、営業先から別の営業先への移動時間等も含まれます。上記のように本来的な業務時間以外であっても労働時間に該当するものがあるため、対象会社が労働時間として把握参入しているものに漏れがないかを確認する必要があります。
イ 労働時間の把握の仕方の問題
労働時間は、原則として、タイムカード、ICカード、PCの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認する必要があります(「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」参照)。
上記に対して、労働者の自己申告によって労働時間を把握している場合などでは、使用者が把握している労働時間と実際の労働時間が乖離する場合があります。その乖離がある場合には、本来支払われなければならない割増賃金が支払われていない可能性が高いと言わざるを得ません。対象会社が自己申告等によって労働時間を把握している場合、客観的な労働時間を把握する資料(PCログや入退館記録など)に基づき、より正確な労働時間を計算し、未払割増賃金の額を計算することが必要となってきます。
(2)割増賃金の単価
割増賃金の単価の計算においては、除外賃金と呼ばれるものがあり、この除外賃金は割増賃金の単価計算において算入する必要がありません。ただし、除外賃金に関する定めは限定列挙と解釈されており(労働基準法第37条5項、労基則21条)、除外賃金に該当しない賃金は、原則的に割増賃金の計算の基礎に含まれます(後述する固定残業代が有効な場合には、固定残業代も割増賃金の単価の計算から除外されますが、不適法な場合には算入されます。)。また、除外賃金に該当するかは実質的に判断されるため、名称からすると除外賃金に該当するようなものでも、手当の内容次第では除外賃金に該当しない場合があるため、上記の点に留意し、割増賃金の単価が誤りなく計算されているかを確認する必要があります。
(3)固定残業代の問題
いわゆる固定残業代(定額残業代)が導入されていることが多くなっています。固定残業代の有効性が否定された場合、固定残業代で支払済みとしていた金額について遡って支払う義務が生じるうえ、割増賃金の単価も固定残業代を含めて再計算しなければならなくなり、多額の割増賃金の支払義務が生じます。
固定残業代については、近年も新たな最高裁判例が作られているため、最新の状況を踏まえてその有効性を検証することが不可欠です。
(4)管理監督者性の問題
労基法上の管理監督者(労基法41条2号)に該当するため労働者に時間外・休日労働に関する割増賃金を支払っていないという場合がありますが、労基法上の管理監督者該当性の判断は厳格になされ、容易に認められるものではありません。そうした点を踏まえて、実際に管理監督者に該当する余地がどの程度あるかを検討する必要があり、管理監督者に該当しないと判断される場合には、時間外・休日労働に対する未払割増賃金を計算する必要があります。
(5)変形労働時間制・フレックスタイム制
対象会社が変形労働時間制・フレックスタイム制を取っている場合、それが労基法上有効であり、かつ、労使間の契約内容となっている場合、割増賃金の計算も上記制度を踏まえて計算されます。他方で、上記制度が労基法上の要件を欠いている等、無効となる場合には、通常どおり割増賃金が計算されることになるため、上記制度の有効性について検証する必要があります。
(6)事業場外みなし
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなすことができます(事業場外みなし。労基法38条の2)。上記の要件を満たす場合には、労働者が実際に何時間労働していたかに関わらず所定労働時間労働したものとみなすことが可能となりますが、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かについては、近年も判例・裁判例が作られているところであるため、その内容に留意しつつ、上記要件を満たすかを検討する必要があります。事業場外みなしが無効となる場合には、実労働時間に基づいて割増賃金を計算する必要が生じます。
2-3. 社会保険・労働保険
社会保険・労働保険に関しては、保険料の未納がある場合には簿外債務が存在することとなります。そのため、加入状況や保険料の支払いが適切かを確認する必要があります。保険料の未納がある場合には、2年間遡及して保険料を支払う必要などが生じ、場合によっては多額の債務となることがあり得ます。また、中小企業などにおいては、保険料を削減するため、使用者が一方的に、または労働者と合意のうえで、保険料が少なくなるよう操作している例も散見されるため、加入しているか否かの確認に加えて、給与額に照らして保険料額が適正であるかの検証も必要となります。
加えて、社会保険に加入していなかったこと、または保険料が本来支払われるべきものよりも低額であったことが原因となって、受給できる年金の額が減少したことについて従業員から損害賠償請求がなされる場合もあります。一定の場合には、上記の損害賠償請求を肯定する裁判例が複数存在し、一人分の損害賠償額として数百万円を認めるものものあるため、加入状況や保険料が適正でない場合には、そうした損害賠償請求がなされる蓋然性等の考慮も必要です。
社会保険・労働保険の未納がある場合には、一部の従業員に留まらない場合が多いです。上記の問題が従業員の数だけ存在する場合には、潜在的な債務が高額となるので、留意しなければなりません。
2-4. 安全衛生管理
使用者は、労働者に対して安全配慮義務を負っており、安全配慮義務の不履行があり、労災が発生してしまった場合には、労働者に発生した損害を賠償する義務が発生します。安全配慮義務の内容については、個別具体的に判断されますが、安衛法を遵守しているか否かは大きな判断材料となります。
そのため、対象会社の主要な業務について、安衛法に則って業務が行われているか、関連するマニュアルが存在するか等を検討することが有益です。
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2-5. 過去に行われた解雇等
対象会社が過去に解雇や雇止め等を行っている場合、解雇や雇止めが争われ、復職の請求と併せて、バックペイの請求がなされるリスクがあります。日本においては、解雇の有効性は厳しく判断され(労契法16条)、雇止めについても、適法性が厳しく判断される傾向にある(労契法19条)。
そのため、対象会社が過去に解雇・雇止めを行っている場合には後日争われるリスクを考慮する必要があります。一般に、解雇・雇止めから長期間が経過している場合には、争われるリスクは低下する傾向にありますので、どの範囲で検証を加えるかも考慮の対象となりますが、解雇等に間が空いていない場合には一層の注意が必要ですので、近接した時期の解雇等については、その法的リスクを検証する必要性が高くなります。
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3. 弁護士に労務DDを依頼するメリット
労務DDにおいては、多額の潜在債務の存在が明らかとなる場合(多数の従業員に対する未払割増賃金の存在が発覚した場合など)があり、DDの中でも重要性が高いと言えます。M&Aにおける買い手の立場からすれば、潜在債務は確実に発見し、リスク回避や条件交渉を行う必要がありますので、労務DDに習熟した事務所への依頼が大切です。また、IPOに際しても、問題の早期発見とその解消が重要となりますので、やはり労務DDによって問題を洗い出し、対策を打つことが必要となります。
4. 当事務所サポート
M&AにおいてもIPOにおいても、労務DDを迅速かつ正確に行い、発見された問題に対して必要な対処をとることが重要となります。
当事務所は、人事労務分野に精通しており、労務DDについても習熟していますので、労務DDをご検討の場合には、まずは弊所にご相談をいただけますと幸いです。
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Last Updated on 2025年3月10日 by loi_wp_admin