
はじめに
近年、ローパフォーマンスや企業秩序を乱す従業員への対応として「退職勧奨」が注目されています。しかし、進め方を誤ると「違法な退職強要」や「パワハラ」とみなされ、多額の損害賠償や企業の社会的信用の失墜(レピュテーションリスク)を招く恐れがあります。
本記事では、最新の裁判例や実務のトレンドを踏まえ、トラブルを避け円満に退職合意を得るためのポイントを解説します。
1. 退職勧奨と解雇の違い・適法性の基準
まず前提として、退職勧奨自体は違法ではありません。 解雇が会社からの一方的な契約解除であるのに対し、退職勧奨はあくまで「会社が退職を勧め、労働者が自由な意思で合意する」ものです。しかし、やり方によっては違法となります。裁判所は以下の基準で適法性を判断します(日立製作所(降格)事件・東京地判令3・12・21労判1266号56頁も退職勧奨自体は、労働者に退職を勧める使用者の行為にすぎず、このような勧奨行為を行うこと自体は自由である。もっとも、退職勧奨が、対象とされた労働者の自発的な退職意思の形成を促すという本来の目的を超えて、社会通念上相当とは認められないほどの執掬さで行われるなど、当該労働者に不当な心理的圧力を加える態様で行われたり、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりして行われた場合には、当該労働者の自由な退職意思の形成を妨げたり、不当にその名誉感情を侵害したりする違法なものとして不法行為を構成するというべきであるとしています)。
(1)
必要性: 企業側に勧奨を行う正当な理由があるか。
相当性(社会的相当性): 説得の手段や方法が、社会通念上の限度を超えていないか(日本アイ・ビー・エム事件・東京高判平24・10・31労経速2172号3頁〈「退職勧奨の目的や選定の合理性の有無は、退職勧奨行為の態様の一部を構成する」として、「退職勧奨の態様が、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められるような場合には、当該退職勧奨は、労働者の退職に関する自己決定権を侵害する」との基準を示し違法性を否しました〉。
(2)
従業員の自由な意思形成を不当に妨げるような言動(執拗な説得、脅迫、人格否定など)があった場合、人格権侵害として違法性が問われます(下関商業高校事件・最一小判昭55・7・10労判345号20頁、東武バス日光ほか事件・東京高判令3・6・16労判1260号5頁では、本件退職勧奨発言は、労働者に対し、単にこのままでは雇用継続できない旨の会社の判断を伝えて自主退職するか否かの検討を求めるにとどまらず、繰り返し辞職(自主退職)を迫り、考慮の機会を与えないままその場で退職願の作成等の手続きをさせようとしたものというべきであり、その発言の内容および態様ならびにその後の労働者の精神状態に照らし、労働者に対し明確かつ執拗に辞職(自主退職)を求めるものであり、これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難にするものであって、違法というほかはないとしています)。線引きの例として、ジャパン・エア・ガシズ事件・東京地判平18・3・27労経速1934号19頁は、面談は、「管理職と原告との1対1で行われたもので」、「実施時刻も深夜に及ぶこともなく、時間も最長でも1時間30分に留まり」、「1週間程度の間に4回実施されたとしても、原告を精神的に追いつめて正常な判断ができなくなるような状況を作り出したり、退職に応じざるを得ないような状況に追い込むものとはいえ」ず、「面談が4回実施されたことをもって、原告に執拗に退職を迫り、不当に退職を勧奨したとはいい難」いとしています。
2. 違法にならないための「実務マニュアル」のポイント
大手企業や外資系企業では、リスク回避のために詳細なマニュアルを策定・運用しています(日本アイ・ビー・エム事件・東京地判平23・12・28労経速2133号3頁で引用される「RAプログラム」中の「留意事項」が参考となります)。実務上、以下の点に留意が必要です。
①面談の回数・時間・環境
回数: 裁判例では5回程度が限界とされる傾向があります。従業員が「絶対に退職しない」と明確に意思表示しているにもかかわらず、執拗に繰り返すことは違法となるリスクが高いです(従業員が退職しないと述べているにもかかわらず、その後も退職勧奨を実施した事案(日本航空(雇止め)事件・東京高判平成24・11・29労判1074号88<頁自主退職拒絶後の2日間の「懲戒免職とかになったほうがいいんですか」等の被告Cの強めの言動は社会通念上相当と認められる範囲を逸脱している。最三小決平25・10・22労経速2194号11頁で確定など>)。
時間・人数: 長時間の拘束や、多人数で1人の従業員を囲い込むような面談は避けるべきです。限界を示す例として、ジャパン・エア・ガシズ事件・東京地判平18・3・27労経速1934号19頁は、面談は、「管理職と原告との1対1で行われたもので」、「実施時刻も深夜に及ぶこともなく、時間も最長でも1時間30分に留まり」、「1週間程度の間に4回実施されたとしても、原告を精神的に追いつめて正常な判断ができなくなるような状況を作り出したり、退職に応じざるを得ないような状況に追い込むものとはいえ」ず、「面談が4回実施されたことをもって、原告に執拗に退職を迫り、不当に退職を勧奨したとはいい難」いとしています。
監視体制: 行き過ぎた発言がないよう、人事担当者が同席して監視するケースも有効です。
② 金銭的な条件提示(パッケージ)
退職勧奨の「相当性」を補強し、従業員の「真摯な合意」を得るために、退職金の上乗せが一般的に行われます。
相場: 給与の2年分程度。
上乗せ: 勧奨の理由が弱い場合、5年分以上提示するケースもあります。
③ 録音の実施
労働者側だけでなく、企業側も面談を録音することが推奨されます。「後から無理やり退職させられた」と言われないための証拠保全であり、担当者の不規則発言(人格否定など)を抑制する効果もあります。
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3. 「パワハラ」と「合意の無効」という新たなリスク
近年、特に注意すべきは「パワハラ」認定と「退職合意の無効」リスクです。
リスク①:ハラスメントとしての損害賠償
労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の施行もあり、退職勧奨の現場での発言がパワハラとして訴えられるケースが増えています。
「能力がないのに高給をもらっている」
「会社にあなたの居場所はない」
「寄生虫」などの人格否定発言
たとえ退職に至らなくても、そのプロセスが違法(不法行為)として慰謝料請求の対象になります。賠償額自体は低くとも、「ブラック企業」としてのレピュテーションリスク(社会的信用の毀損)は甚大です。
リスク②:退職合意がひっくり返される(錯誤・詐欺)
形式的に退職届を出していても、裁判所で「真摯な合意ではなかった」として無効になる場合があります。 最近の判例(山梨県民信用組合事件・最二小判平28・2・16労判1136号6頁など)では、労働者が同意するに足る「客観的で合理的な理由」があったかが重視されます。単なる説得だけでなく、金銭的な譲歩などを含め、労働者が心から納得できる状況を作ることが不可欠です。
4. 従業員が退職を拒否した場合の対応
もし従業員が退職を拒絶した場合、企業はどうすべきでしょうか。
一旦手を引く: 明確な拒絶に対し、さらに勧奨を続けるのは違法リスクを高めます。
証拠の蓄積: 業務指導を適切に行い、改善が見られない事実(証拠)を積み重ねます。
再度の勧奨または解雇: 時期を改めて再度勧奨を行うか、証拠が十分に揃い勝訴の確証が得られれば、ハードルは高いものの解雇を検討します。
※解雇の金銭解決制度について
現在、解雇無効時に金銭で解決する制度が議論されていますが、現状案は「労働者側から申し立てる」仕組みであり、企業側が解雇解決のために自由に使えるものではありません。したがって、現時点では「希望退職」や「条件を上乗せした退職勧奨」が、最も現実的かつ主流な解決手段であり続けるでしょう。
まとめ―円満退職の鍵は「相当性」と「条件」
円満な退職勧奨を成功させるには、以下の3点が不可欠です。
マニュアルに沿った運用: 面談回数や時間を管理し、感情的な発言を排除する。
十分な経済的配慮: 相手が合意するに足る解決金(退職金上乗せ)を提示する。
プロセスの記録: 録音等により、違法性がなかったことを証明できるようにする。
感情的な対立を避け、ビジネスライクかつ誠実に条件交渉を行うことが、双方にとって最もリスクの少ない解決策となります。
違法な退職勧奨だとの主張をされた場合の会社側の対応について当事務所でサポートできること
違法な退職勧奨だとの主張をされた場合の会社側の対応については、100件以上の退職勧奨・団交、訴訟、労働審判等の豊富な経験と、これを踏まえた研究に基づく著作・論文等も多く出し、パワハラ等に関する最新法制と最新判例研究に即した退職勧奨マニュアルの整備について多くの経験を有する当事務所にご相談いただければと思います。
また、退職勧奨関係の改正法令、最新裁判例等についてのセミナー講師などちいても、ご相談いただければと思います。
~ 執筆者コラム ~
実務では、上司の退職に言及したうえでの発言が、退職勧奨か解雇なのかが問われる場合が少なくありません。印南製作所事件・東京地判平17・9・30労判907号25頁では、業績悪化を理由とする整理解雇につき、「社内大改革、強いてはリストラにまで、手を染めなくてはならない現況となってしまいました」、「そこで、誠に勝手な都合ですが、平成14年12月20日を目安に区切りをつけていただくことと致します」等記載する文書交付については、確定的な解雇の意思表示にあたらず、希望退職に応じるよう勧奨したにとどまるとされています。他方で、医療法人光優会事件・奈良地判平25・10・17労判1084号24頁では、労働者の離職に至る経緯および院長の発言内容に照らし、「看護部を解散する」との言は、業務命令に従わない労働者を排する旨を告げたものであって、解雇の意思表示に当たるとされています。
弁護士 岩出 誠
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Last Updated on 2026年1月13日 by loi_wp_admin



