退職を撤回、錯誤無効と言われないための退職勧奨のポイントとは?会社側の注意点を解説!

文責:石居 茜

1 退職意思取消の判断基準

(1)退職の意思表示の認定

裁判例では、退職の意思表示は労働者にとって生活の原資となる賃金の源である職を失うという重大な効果をもたらすものであるから、労働者による退職する旨の発言が退職の意思表示であるといえるか否かを判断するにあたっては、発言内容のほか、発言がされた状況およびその経緯、発言後の労働者の言動その他の事情を考慮して、確定的に雇用契約終了の法律効果を生じさせる意思が表示されたといえるか否かを慎重に検討すべきとされています(東京高判令4.7.7・労判1276号21頁等)。

そのため、退職の意思表示は、口頭で済ますことはせず、書面等で確定的にもらうべきです。

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(2)退職の意思表示の撤回

裁判例では、従業員の退職届の提出については、合意解約の申込とし、会社の承諾があるまでの間は撤回できるとされています。

退職の意思表示の撤回については、次のような裁判例があります。

  • 人事部長の退職届の受理を承認の意思表示として撤回を認めなかった例(最三小判昭和62.9.18・労判504号6頁)
  • 常務取締役観光部長には単独で退職承認を行う権限はなかったとして、常務による退職願の受理の翌日になされた退職願の撤回を有効とした例(岡山地判平成3年11月19日・労判613号70頁)
  • 退職届の提出は合意解約の申入れと解するのが相当であり、法人の承諾の意思表示の前に撤回されているとして地位確認請求を認容した例(福島地判令5.1.26・労ジャ134号14頁)

これら裁判例を踏まえると、退職届の提出があった際には、会社名、代表者名、人事部長名等、権限ある者により、受理、又は退職を承諾する旨を文書等で明確に通知すべきです。

(3)強迫による取消の裁判例

強迫によりなされた意思表示は、取り消すことができます(民法96条1項)。

そのため、退職の意思表示が、強迫によってなされたものかどうか、取消が認められるかが争点となった裁判例があります。

下記の通り、強迫による退職の意思表示の取消が認められた裁判例があります(大阪地裁決昭61.10.17・労判486号83頁)。

その事案では、2名の女性従業員に対し、会社の金員をもって飲食物を購入していたとし、懲戒解雇事由に該当し、また、横領罪に該当し告訴も辞さない旨を告げたところ、女性従業員が退職届を提出したという事案でした。

判決において、証拠関係から、女性従業員らが横領したとはいえないとされました。

そして、証拠がなく、会社の懲戒権の行使や刑事告訴が濫用といえる場合に、会社が、懲戒解雇や刑事告訴の可能性を告知して従業員から退職届を提出させることは、従業員を畏怖させるに足りる強迫行為であるとし、退職の意思表示の取消が認められました。

強迫による退職の意思表示の取消が否定された例としては、東京地判平19.2.26(労判943号63頁)があります。

架空人名義の貸付けを見抜けなかった検査室の従業員が退職をした事案で、従業員は法務部長により退職強要があったと主張しました。

この事案では、法務部長が懲戒解雇にするつもりはないと明確に述べており、退職を強要する意思を有していたかどうかについて判然とせず、言動が社会的相当性を逸脱した態様によってされたとは認められないとし、従業員は、会社に残ることの利害得失を考慮するなどして、自らの判断で自主的に退職したものとされ、賃金1年分、会社都合との退職金差額、慰謝料請求が認められませんでした。

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(4)詐欺・錯誤取消の裁判例

退職の意思表示の錯誤無効(2020年民法改正後は錯誤取消)、詐欺取消が認められた裁判例があります。

人事部長が、従業員に対し、自分から退職する意思がないということであれば解雇の手続をすることになること、どちらを選択するか自分で決めて欲しいことなどを告げて退職勧奨した事案で、従業員は、解雇事由が存在しないことを知っていれば、退職合意の意思表示をしなかったであろうと認められるから、退職合意承諾の意思表示には法律行為の要素に錯誤があり、無効であるとされました(横浜地川崎支判平16.5.28・労判878号40頁)。

同様に、認定した発言内容から、従業員は自主退職しなければ懲戒解雇されるものと信じ、懲戒解雇による退職金の不支給や、再就職への悪影響といった不利益を避けるために、退職の意思表示をしたとし、会社が懲戒解雇を有効になし得ないのであれば退職の意思表示をしなかったものと認められるとして、会社が有効に懲戒解雇をなし得なかった場合、従業員が自主退職しなければ懲戒解雇されると信じたことは、要素の錯誤に該当するとして、錯誤無効を認めた裁判例があります(東京地判平23.3.30・労判1028号5頁)。

他方で、錯誤無効が否定された裁判例としては、下記の裁判例があります(東京地判平25.6.5・労経速2191号3頁)

従業員は、退職願による退職の意思表示は、部長の退職勧奨に応じなければ、懲戒解雇になり、その場合は退職金も支給されないものと誤解したためにされた錯誤によるものであり、無効である旨を主張しました。しかしながら、面談及び電話のいずれにおいても、部長が懲戒処分や解雇の可能性、ましてや懲戒解雇による退職金不支給について言及したことはなく、従業員も退職勧奨に応じなかった場合の処遇等に関して何ら言及していなかったことから、従業員が誤解に基づき退職願を提出したとしても、動機の錯誤であると言わざるを得ず、これが表示されたことは一切伺われないから、退職の意思表示に要素の錯誤があったとはいえないとして、錯誤無効の主張は認められませんでした。

詐欺取消が認められた事案としては、退職の意思表示の前提として会社から説明されたことが虚偽であった場合などに認められています(大阪地判令3.11.1・労ジャ121号42頁等)。

錯誤・詐欺取消が否定された事案としては、役職定年制にかかわる事案で下記のような事案があります(東京地判平19.12.14・労判954号92頁)。

会社の役職定年制において、管理職が55歳に達したとしても会社の提示する移籍先への移籍に応ずるか、プロフェッショナル職として会社にとどまるかを選択でき、役職定年に達し移籍を拒否しても退職する必要はないとされていたところ、その事案では、従業員において、移籍に応じない場合は退職せざるを得ないと誤信していたとの可能性は否定できないとされました。

しかしながら、会社の担当者らにおいて、従業員が移籍を拒否して退職すると述べているのに対して、従業員の真意を問いたださなかったとしても、ことさら誤信を放置したものと認めることはできないとし、会社の就業規則には、定年が明記されていて、役職定年に関する労使協定においても、移籍とプロフェッショナル職として会社にとどまることの2つの場合があることが明記されていること、従業員としては、これらを確認することや人事担当者に確認することで誤信を解く機会は十分にあったことから、従業員に錯誤があり、表示されていたとしても、それは従業員の重過失に基づくもので無効を主張できないとし、請求が棄却されました。

(5)退職の意思表示を詐欺・錯誤により取り消されないためのポイント

これらの裁判例を踏まえ、退職の意思表示を詐欺・錯誤により取り消されないためのポイントは以下の通りです。

① 解雇(懲戒解雇)が認められない状況において、退職しなければ解雇(懲戒解雇)になると誤信して退職の意思表示を行った場合、それが明示又は黙示に表示されていれば、錯誤により、退職の意思表示の取消が認められる可能性がありますので、退職勧奨に応じて退職しなかったときは解雇となる等と言って説得してはいけません。

② 解雇(懲戒解雇)が認められない状況において、退職しなければ解雇(懲戒解雇)になる、解雇か退職の二者択一となる等と言って退職を説得し、退職の意思表示をした場合は、強迫、詐欺又は錯誤により退職の意思表示の取消が認められる可能性が高いので、退職勧奨に応じて退職しなかったときは解雇となる等と言って説得してはいけません。

③ 事実と異なることを説明して合意退職し、その事実が退職の意思表示の前提となっていると、錯誤・詐欺取消が認められる可能性が高いので、事実と異なる説明をして退職を促してはいけません。

2 退職勧奨のポイント・留意点

(1)退職勧奨とは

退職勧奨とは、会社から従業員に対する「強制を伴わない退職の働きかけ」をいいます。

退職勧奨の手段や方法が適切でない場合、違法な退職勧奨であるとして、

①雇用契約終了が無効となって、契約が存続していると判断される

②損害賠償請求が認められる

   といった、リスクがあります。

退職勧奨は、部署のみの判断では行わず、人事総務部や弁護士と緊密に連携して、慎重に対応を進める必要があります。

(2)退職勧奨が違法とならないためのポイント

裁判例を踏まえ、退職勧奨が違法とならないためのポイントは以下の通りです。

  • 会社に在籍し続けた場合のデメリットや、退職した場合のメリットについて具体的に話してある程度の説得をすることは構わない。退職勧奨の手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しないようにすることがポイントとなる。
  • 大勢で行わない。会社側は2人くらいまでとする。
  • 1回の面談を長時間行わない。
  • 客観的に業務上できていない事実について指摘することは構わない。怒鳴ったり、高圧的な態度を取らない。人格否定するようなこと、相手の自尊心を傷つけるようなこと、退職しか選択肢がないようなことは言わない。冷静に行う。退職するかどうかを決めるのは従業員本人であり、あくまで任意であることを伝える。
  • 退職届を提出するまで帰さないという対応はしてはいけない。
  • 「退職勧奨に応じなければ解雇になる」と言ってはいけない。
  • 退職条件は、具体的な内容を提示する
  • 具体的な条件を明示したのに、相手が明確に退職を拒否したら、それ以上執拗に続けない

3 当事務所でサポートできること

当事務所では、労働問題に精通した弁護士が多数在籍しておりますので、問題社員対応に関するご相談、業務改善指導や記録の残し方のご相談やサポート、管理職向けの指導対応の研修、マニュアル作成などのご依頼を受け、行うことが可能です。

また、退職勧奨のご相談、指導、マニュアル・書面の作成や面談のロールプレイングなどのサポートを行うことも可能です。

問題社員対応は、将来、解雇となったときの裁判を意識して具体的な業務改善指導を繰り返しているか、従業員に指導した記録を残しているかが重要となりますので、解雇してからではなく、問題社員の初期対応から、当事務所のような労働問題に精通した弁護士に相談し、連携して対応をすることをお勧めいたします。

顧問契約でもよいですし、顧問契約でなくても、案件ごとのスポット対応のご提案も可能です。

当事務所では、交渉や裁判等の案件の代理人となるだけでなく、人事部等と常に連携し、助言しながら、問題社員に対する業務改善指導、記録、退職勧奨をサポートしますので、裁判に至らず、退職するケースも多くあります。

顧問契約や、スポット案件サポートパックなどによる随時の連携、助言や、代理人としての紛争解決、研修、マニュアルや書面の作成など、多方面からサポートが可能ですので、問題社員対応に不安がある企業、退職勧奨のサポートを受けたい企業は、当事務所にご相談ください。

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Last Updated on 2024年12月25日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
当事務所では、「依頼者志向の理念」の下に、所員が一体となって「最良の法律サービス」をより早く、より経済的に、かつどこよりも感じ良く親切に提供することを目標に日々行動しております。「基本的人権(Liberty)の擁護、社会正義の実現という弁護士の基本的責務を忘れず、これを含む弁護士としての依頼者の正当な利益の迅速・適正かつ親切な実現という職責を遂行し(Operation)、その前提としての知性と新たな情報(Intelligence)を求める不断の努力を怠らず、LOIの基本理念である依頼者志向を追求する」 以上の理念の下、それを組織として、ご提供する事を肝に命じて、皆様の法律業務パートナーとして努めて行きたいと考えております。現在法曹界にも大きな変化が起こっておりますが、変化に負けない体制を作り、皆様のお役に立っていきたいと念じております。