文責:石居 茜
1 カスタマーハラスメントとは
カスタマーハラスメントとは、広義では、顧客等からの著しい迷惑行為をいいますが、厚労省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、以下のように定義されています。
① 顧客等からのクレーム・言動のうち、
② 当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、
③ 当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、
④ 当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
2 カスタマーハラスメント対策の必要性
カスタマーハラスメント対策はなぜ必要なのでしょうか。
① 会社は従業員を守る必要がある
カスタマーハラスメントは、被害者(従業員)の心身を傷つけます。
また、会社がカスタマーハラスメント対策を取らず、カスタマーハラスメントを放置していると、従業員のモチベーションが低下します。
そして、会社がカスタマハラスメントを繰り返す顧客の対応を従業員のみに押し付けていると、従業員の就業環境を悪化させ、能力の発揮を阻害します。
会社が適切な対応をしないと従業員の会社への信頼がなくなって、よいパフォーマンスが発揮できません。
② 会社には、従業員の安全に配慮する安全配慮義務がある。
労働契約法には、会社の安全配慮義務の定めがあります。
労働契約法5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等
の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
カスタマーハラスメントを放置し、従業員の心身に損害が生じると安全配慮義務違反により、会社は損害賠償責任を負う可能性があります(民法415条)。
③ 顧客離れに繋がる
カスタマーハラスメント対策を行わず、カスタマーハラスメントを放置すると、例えば、店舗で怒鳴り声が聞こえるなど、他の顧客にとって不快な状態となります。
また、クレーマーへの対応で他の顧客が待たされる、他の顧客へのサービスが低下するなどが起こりますので、顧客満足度が低下し、顧客離れに繋がります。
また、顧客がSNSへの書込み・拡散等をすることによって、会社の評判が低下し、顧客離れが起こります。
④ 従業員の離職率の上昇
カスタマーハラスメント対策を行わず、カスタマーハラスメントを放置すると、顧客対応に疲れ、対応してくれない会社に失望し、従業員が離れていき、従業員の離職率が上昇します。
従業員が、クレーマー対応に時間を取られ、他の業務が停滞する、残業が増えるなどの状況となり得るからです。また、生産性も低下し、売上の低下や、ミスの増加などにより、金銭的損失も考えられます。
また、辞めた従業員が、ブラックな職場環境であるとSNSへの書込み、拡散等をすることが考えられ、今後の採用への悪影響も起こり得ます。
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3 カスタマーハラスメントに対する企業の責任
カスタマーハラスメントに対する企業の責任に関する裁判例としては、下記の裁判例があります。
【肯定例】
甲府地裁平成30年11月13日判決
市立小学校の教諭が児童の保護者から理不尽な言動を受けたことに対し、校長が教諭の言動を一方的に非難し、また、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易にその教諭に対して保護者に謝罪するよう求めたことについて、裁判所は不法行為と判断し、小学校を設置するA市及び教員の給与を支払うB県は損害賠償責任を負うとされました。
【否定例】 まいばすけっと事件
東京地裁平成30年11月2日判決
買い物客とトラブルになった小売スーパーの店員と顧客とのトラブルの事案です。
会社は、誤解に基づく申出や苦情を述べる顧客への対応について、入社時にテキストを配布して苦情を申し出る顧客への初期対応を指導し、サポートデスクや近隣店舗のマネージャー等に連絡できるようにして、深夜においても店舗を2名体制にしていたことで、店員が接客においてトラブルが生じた場合の相談体制が十分整えられていたとし、会社の安全配慮義務違反が否定されました。
【否定例】 NHKサービスセンター事件
東京高裁令和4年11月22日判決
コールセンターの従業員が、電話対応の中でわいせつ発言や暴言等を受けたことについて、会社はそうした暴言等に触れさせないようにする安全配慮義務に違反したと主張した事案です。
裁判所は、わいせつ電話については直ちに上司に転送すること、大声については電話のヘッドセットを外すことが認められているなど、会社は、コールセンター従業員の心身の安全を確保するためのルールを定め、それに沿った対応をしていたなどとして、安全配慮義務違反が否定されました。
4 労災認定基準の状況
厚労省は、精神障害の労災認定基準として、「心理的負荷による精神障害の認定基準」を定めていますが、2023年9月1日から、カスタマーハラスメント(顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた)が追加されています。
カスタマーハラスメントの心理的負荷の平均的な強度は「中」であるとされていますが、内容によって、「強」「弱」になる具体例が示されています。
5 カスタマーハラスメントの判断基準
カスタマーハラスメントの判断基準は、下記の2点です。
① 顧客等の要求内容に妥当性があるか
② 要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当か
(1)顧客等の要求内容に妥当性があるか
顧客の要求内容が妥当性を欠く場合、カスタマーハラスメントに該当する可能性が高いといえます。
例えば、商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合や、要求の内容が、商品・サービスの内容とは関係がない場合等です。
その場合は、商品交換の要求、金銭補償の要求、謝罪の要求は不当であり、これらに応じるべきではないということになります。
(2)要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当か
顧客等の要求の内容が妥当であっても、手段・態様が相当でない場合は、カスタマーハラスメントに該当する可能性があります。
例えば、下記のような手段・態様の場合です。
・身体的な攻撃(暴行・傷害)
・精神的な攻撃(脅迫・中傷・名誉棄損・侮辱・暴言)
・威圧的な言動
・土下座の要求
・継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
・拘束的な行動(不退去・居座り・監禁)
・差別的な言動
・性的な言動
・従業員個人への攻撃・要求
6 カスタマーハラスメントの類型
厚労省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によれば、カスタマーハラスメントには下記の類型があると言われています。
・時間拘束型
・リピート型
・暴言型
・暴力型
・威嚇・脅迫型
・権威型
・店舗外拘束型
・SNSでの誹謗中傷型
・セクシュアルハラスメント型
7 カスタマーハラスメント対策とは
事前対応と実際に起こったときの事故対応に分かれます。
(1)事前対応
①事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
企業トップによるカスタマーハラスメント対策への基本方針・姿勢の表明と従業員への周知・教育です。
基本方針があることにより、カスタマーハラスメントに対して現場が対応しやすくなります。
カスタマーハラスメントに対する企業の基本方針・姿勢を示し、理不尽なクレームには毅然と対応する、組織的に対応する、従業員を守る等が従業員に示されることにより、従業員が安心して、組織を信頼して働くことができるようになります。
また、企業の姿勢が明らかになることにより、カスタマーハラスメントを受けた従業員や周囲の従業員が相談や発信をしやすくなり、事案の解決に役立ち、企業として経験を蓄積することで再発を防止することができます。
②従業員(被害者)のための相談対応体制の準備
カスタマーハラスメントを受けた従業員が相談できる対応者や、窓口を整備します。
従業員が一人で抱え込まず、相談できる体制を整備して、カスタマーハラスメントには、組織として毅然に対応する体制を作ることで、従業員の心理的安全性を保ちます。
③対応方法、手順の策定
現場でのカスタマーハラスメントへの初期対応、方法等をあらかじめ決めておきます。
カスタマーハラスメント対応のマニュアルを整備し、ケーススタディにより対応の仕方を示すとともに、本社や本部など上部組織にまで報告する基準を定めるなどします。
法的対応が必要なカスタマーハラスメントには、録音・録画などの体制も準備します。
事実調査と聞き取りの内容、場所、実施者、体制なども決めておきます。
④社内対応ルールの従業員等への教育・研修
カスタマーハラスメントに対する社内における具体的な対応について従業員への理解促進のために、教育・研修を行います。入社時だけでなく、年1回な繰り返し継続して行うことが大切です。
また、カスタマーハラスメント対策マニュアルの作成により、よくある事例別の対応ルールを作成し、周知します。
(2)事後対応
⑤事実関係の正確な確認と事案への対応
クレームの正当性の判定及びそれに対する適切な対応が大切となります。
顧客のクレームの内容を客観的に聞き取り、5W1Hで整理します。事情聴取をする者は、当事者ではなく、上長や第三者的な従業員のほうが、冷静に対応ができます。まずは事情聴取を行い、現場の従業員に独断で回答させないようにします。
回答は、事実調査が終了してから、会社として回答します。
事実認定、証拠の状況に照らして、各種リスク(法的責任のリスク、訴訟リスク、風評リスク等)を踏まえて、対応を決定します。
⑥従業員への配慮の措置
悪質なカスタマーハラスメントには、従業員一人のみで対応させず複数で対応したり、組織的な対応をすることが重要となります。事案に応じて警察や弁護士との相談や連携も重用となります。また、初期対応した従業員がメンタル不調に陥ってしまった場合に備えて、産業医や産業カウンセラーへの相談体制も整備しておくことが必要となります。
⑦再発防止のための取組
事例の蓄積を踏まえ、マニュアルや相談体制の見直し、改善を行い、常にアップデートする取り組みが大きなトラブルを未然に防ぐことに繋がります。
社会情勢や業態の変化などにより、クレームの内容も常に変化しますので、定期的な見直し、改善が有用となります。
⑧①~⑦までの措置を併せて講ずべき措置
そのほか、相談者である従業員のプライバシー保護や、相談したこと等を理由として不利益取扱いしない旨の定め、及びその周知などが必要となります。
8 当事務所でサポートできること
当事務所では、労働問題に精通した弁護士が多数在籍しており、最近は、顧客企業から、カスタマーハラスメントの相談も受けております。
カスタマーハラスメントは、BtoCの事業を行う会社のみと思われがちですが、取引先による高圧的な要求など、BtoBの事業を行う会社でも同様のことが起こり得ます。
そのため、カスタマーハラスメント対策マニュアルの作成や従業員への研修、実際に事例が起きたときの対応の相談、悪質なカスタマーハラスメントに対する法的対応(代理人交渉、訴訟、刑事告訴、仮処分など)などでお役に立つことができます。 カスタマーハラスメントでお困りの会社は、当事務所にご相談ください
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Last Updated on 2024年11月25日 by loi_wp_admin