
文責:織田 康嗣
1 はじめに
近時の裁判例(東京地判令和8年4月15日)において、従業員の自死が過重労働による精神障害が原因だったとして、裁判所は、遺族補償給付などを支給しなかった国の処分を取り消す判決を言い渡しました。
同事件では、亡くなった従業員に対し、事業場外みなし労働時間制を適用していたところ、労働時間の算定が問題となり、労基署は業務起因性を認めず、労災補償の不支給決定をしました。審査請求、再審査請求も棄却されたため、国に対し、取消訴訟を提起したものです。
後述のとおり、事業場外みなし労働時間制は、外回りの営業職等、労働時間の全部または一部を事業場外で勤務した場合において、「労働時間を算定し難いとき」に適用することが出来ます(労基法38条の2)。事業場外みなし労働時間制の適用がなされていることで、会社が労働時間の把握を怠り、長時間労働が発生してしまっていることはないでしょうか。そもそも、「労働時間の算定し難いとき」の判断は、会社の主観的な判断や、労働者との合意によって決めることはできません。
本稿では 事業場外みなし労働時間制の適用要件と、上記事件の認定のポイント等について、解説いたします。
2 東京地裁令和8年4月15日判決について
上記事件の報道によると、裁判所は、入室記録やPCのログ、ETC履歴などの証拠をもとに、時間外労働は発病前6か月に80時間3分、発病前4か月に86時間27分に達していたと認定したようです。そのうえで、仕事内容・仕事量の変化、12日以上の連続勤務、月80時間以上の時間外労働の各点をもって、労災申請段階では認められなかった業務起因性を認めています。
事業場外みなし労働時間制が適用されているということは、「労働時間を算定し難いとき」であることが前提にあるため、会社において、十分な労働時間の資料が揃っていない可能性があります。報道によると、遺族は、労災申請段階から、自宅から会社の駐車場、出張所までの距離や歩数を自ら計測し、スマホに残された膨大な歩数計データと照合し、出勤・退勤時間を特定しようと試みたり、社用車のETC利用履歴やガソリンの給油記録、手帳のスケジュール、業務報告書、同僚や友人に送られた写真データ等から、労働時間の主張を行っていたようです。
後述しますが、会社の懈怠によって、労働者の労働時間を把握していなかったとしても、「労働時間を算定し難い」に該当するとはいえません。また、労働時間の立証は、タイムカード等だけでなく、様々な資料から立証できる場合もありますから、事業場外みなし労働時間制の適用の下で、過重労働が発生していた場合、会社にとって大きなリスクになります。
3 「事業場外みなし労働時間制」の仕組みと適用要件
(1)事業場外みなし労働時間制とは
事業場外労働みなし労働時間制(労基法38条の2)は、事業場外で労働する場合で労働時間の把握が困難な場合について、一定時間労働したものとみなす制度です。
通常の場合には、1分単位で実労働時間数を把握して残業代を支払うところ、上記制度は、その例外として位置付けられます。
一定時間労働したものと「みなす」制度ですが、みなしの方法として、以下の3つ種類があります。
①所定労働時間みなし(労基法38条の2第1項本文)
②通常必要とされる時間みなし(同項但書)
事業場外労働みなし制の適用要件を満たす場合において、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合に、当該業務の遂行に「通常必要とされる時間」労働したものとみなす制度です。ここでいう「通常必要とされる時間」とは、「通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要とする時間」をいいます(昭和63.1.1基発1号)。例えば、当該労働の遂行に9時間必要であれば、9時間労働したものとみなし、法定労働時間8時間を超える1時間について、割増賃金の支払が必要となります。
③労使協定みなし(同条第2項)
過半数労働組合、それがない場合は労働者の過半数代表者との書面による協定で定める時間を上記②の「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」とみなす制度をいいます。
なお、同じように、実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ定めた一定の時間働いたものとみなす制度として「裁量労働制」がありますが、こちらは対象となる業務が限定されており(専門業務型・企画業務型)、業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、会社が具体的な指示をしないこととする業務であるなど、様々な厳格な要件が課されています。一定の労働時間を働いたものとみなすという点では共通しますが、全く異なる制度ですので、注意してください。
(2)適用に必要な「事業場外での業務」と「労働時間の算定が困難」の厳格な要件
事業場外みなし労働時間制を適用するには、事業場外労働であること、労働時間を算定し難いときという各要件を充足する必要があります。
ア 事業場外労働
事業場外労働みなし労働時間制の適用を受けるためには、当該業務の全部又は一部が「事業場外」で行われていることが必要です。典型的には、外回りの営業を行う社員や、取材記者のように、会社の事業所外で業務を行う場合ですが、在宅勤務の場合にも該当し得ます。
テレワークガイドラインでは、以下の要件を満たす場合に、事業所外みなし労働時間制を適用できるとしています。
①情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
(例)
・勤務時間中に、労働者が自分の意思で通信回線自体を切断することができる場合
・勤務時間中は通信回線自体の切断はできず、使用者の指示は情報通信機器を用いて行われるが、労働者が情報通信機器から自分の意思で離れることができ、応答のタイミングを労働者が判断することができる場合
・会社支給の携帯電話等を所持していても、その応答を行うか否か、又は折り返しのタイミングについて労働者において判断できる場合
②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
(例)
・使用者の指示が、業務の目的、目標、期限等の基本的事項にとどまり、一日のスケジュール(作業内容とそれを行う時間等)をあらかじめ決めるなど作業量や作業の時期、方法等を具体的に特定するものではない場合
イ 労働時間を算定し難いとき
事業場外みなし労働時間制を適用するうえで、最も問題になるのは、この要件です。「労働時間を算定し難いとき」というのは、「客観的に」労働時間を算定することが困難である必要があります。そのため、会社が主観的に労働時間を算定することが難しいと判断したり、労働者と合意することで、算定し難いという整理にすることは出来ません。また、当然ながら、本来は労働時間を算定することが出来たにもかかわらず、会社が労働時間の把握を怠った結果、労働時間を把握できなかった場合も、「労働時間を算定し難いとき」に該当するとはいえません。
例えば、以下のような要素を考慮して、「労働時間を算定し難い」に該当するか否かを検討する必要があります(阪急トラベルサポート事件・最判平成26年1月24日労判1088号5頁参照)。
①業務の性質・内容等(業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等)
②業務に関する指示・報告等(業務に関する指示・報告の方法・内容やその実施の態様・状況等)
携帯電話等で随時連絡を取ることが出来るか否かといった点も問題になり得ますが、直行直帰の有無、業務スケジュールに対する裁量の有無、スケジュールに変更があった場合の会社への報告の有無、業務終了後の報告内容、労働時間管理を行うシステムやアプリの有無、日報の内容や正確性など、様々な事情が考慮されます。
(3)携帯電話の所持や日報による報告など、適用が否定された裁判例
近時の事例では、事業場外みなし労働時間制の適用を認めた事例もありますが(協同組合グローブ事件・最判令和6・4・16労判1309号5頁、差戻審:福岡高判令和7・8・28)、適用が否定された事例も多く存在します。
〇住友不動産事件・名古屋地判令和5・2・10労経速2515号31頁>
| 土地の確認等のために営業所外での業務を行うことがあったが、上司に対し、一日の行動予定を毎朝メール送信し、その中には営業所外での業務を行う予定が記載され、営業所外での業務を行う場合でもいったん出社した上で、営業所外に移動し、再び営業所に戻っている等の事情があった事例 |
〇テレビ東京制作事件・東京地判令和5・6・29労判1324号61頁
| 企画書などに基づき、従業員から報告された日々の作業内容に基づいて進捗を確認し、指揮命令を行うことができるといえること、勤怠システムにより始業・終業時刻を確認したり、入力状況を確認したりすることができたこと、編集作業内容・作業時間も確認できたこと等からすると、従業員の労働時間を把握するため具体的な指揮監督を及ぼすことが可能なものであった等の事情があった事例 |
〇ファミリーテック事件・東京地判令7・1・17労ジャ160号46頁
| 従業員は、始業時に工事現場に直行することが多いものの、元従業員を含む従業員のスケジュール(工事名、業務の内容及び場所)が、事前にサイボウズに登録されており、変更がある場合はその旨を記入することになっていた、会社は、現場にいる従業員に携帯電話等で連絡することができたことに加え、従業員が使用する携帯電話に位置情報共有アプリである本件アプリが入れられており、従業員の位置情報を把握することができた、現場から直帰することもあるが、その回数は多くなく、多くは会社本社に帰社して業務を行っていた等の事情があった事例 |
4 みなし労働時間制における勤怠管理と健康リスク
(1)長時間労働につながりやすい外勤職員の労務管理の課題
外勤の営業職等の場合、個人の裁量や能力への依存度が高い一方で、厳しい売上目標や訪問件数ノルマが課せられていることがあります。顧客の都合に合わせて動く必要があり、日中の訪問活動に加えて、帰宅後の深夜や休日に事務作業、報告書の作成、翌日の提案準備を行うことが常態化しやすい環境にあります。
ここに「事業場外みなし労働時間制」という制度が組み合わさり、企業側が「みなし労働時間制を適用しているから、何時間働いても所定労働時間を働いたことになっている。残業代も発生しないし、労働時間を細かく記録・管理する必要もない」という誤った認識を持ってしまえば、非常に危険です。前述したように、会社の懈怠によって、労働時間を把握できないことでは、事業場外みなし労働時間制を適用できません。
長時間労働が恒常化し、従業員の心身の健康を深くむしばみ、過労死や自死といった取り返しのつかない労災事故を引き起こしてしまえば、会社のレピュテーションリスクはもちろん、莫大な損害賠償責任を負うリスクもあります。
(2)「本当に労働時間の算定が困難か」の実態に即した見直しの必要性
会社には、安全配慮義務が課されており、事業場外みなし労働時間制が適用されているからといって、労働時間は把握しなくてよい、長時間労働を把握できなくてもやむを得ないという理解は誤りです。
前述のとおり、「労働時間を算定し難い」の要件は、「客観的に」定まります。①業務の性質・内容等(業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等)、②業務に関する指示・報告等(業務に関する指示・報告の方法・内容やその実施の態様・状況等)といった各要素を慎重に検討する必要があります。
情報通信機器の発展に伴い、労働時間の把握が容易になっている場合も想定されます。今一度、自社で事業場外みなし労働時間制を適用している従業員について、本当に労働時間の算定が困難か、改めて確認しておくべきです。
5 みなし労働時間制や長時間労働問題に関して弁護士に相談するメリット
(1)自社のみなし労働時間制の「適法性」の客観的評価
事業場外みなし労働時間制の適用要件は極めて厳格であり、意図せず適用要件を欠いている可能性があります。労働法や労災問題に精通した弁護士に相談・依頼することで、未然にリスクを把握しておくことは、企業防衛の観点からもメリットが大きいです。
弁護士は、実際の外勤営業の業務フロー、上司から部下への指揮命令の頻度や内容、スマートフォンやPCなどの情報通信機器の利用状況、日報や業務報告書の内容やその正確性といった実態に即して分析します。
(2)労働基準監督署の調査・指導や未払い残業代請求への適切な対応
実際に、未払残業代や労災の問題が発生してしまった場合、迅速に対応する必要があります。
社内で広く事業場外みなし労働時間制を適用していた場合、個別紛争でその有効性に疑義が生じれば、同種の問題が他の社員に横広がりするリスクも発生します。
弁護士が代理人として初期段階から介入することで、法的な根拠に基づいた的確な交渉を行い、不当に過大な請求を退けるとともに、妥当な解決に導くことが可能となります。
6 当事務所のサポート内容
当事務所においては、事業場外みなし労働時間制の運用実態や長時間労働の放置による労災リスクに不安を抱える企業経営者、人事労務担当者の皆様に向けて、「紛争の予防」から「トラブルの解決」に至るまで、多角的なサポートを提供しております。
・現在適用している事業場外みなし労働時間制の適法性の確認、違法リスクが高い場合の改善策のご提案
・就業規則および雇用契約書の改定・整備
・未払い残業代請求、労災申請、労災民事賠償における代理人業務
・事業場外みなし労働時間制を含む労務コンプライアンス研修の実施等
様々なご依頼に対応しております。
労務管理に関して少しでも気がかりな点がございましたら、事態が悪化する前に、お気軽に当事務所までご相談ください。貴社の実情に鑑み、最適な解決策をご提案いたします。
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