
文責:織田 康嗣
1 2025年の法改正で企業に求められる熱中症対策とは
労働安全衛生規則が改正され(同規則612条の2)、職場における熱中症対策の義務化が図られました(2025年6月施行)。
近時の気候変動の影響から、夏場では高温の日が続いており、熱中症を原因とする死亡災害は、3年連続で30人以上となっています(労災による死亡者数の約4%)。熱中症による死亡事故の原因は、初期症状の放置や、初期対応の遅れにあることが多いため、今般、労働安全衛生規則の改正により、対策の義務化が図られたものです。
2 法改正のポイントと義務化される内容
今回の法改正のポイントは以下のとおりです。主に、熱中症の重篤化を防止するための①体制整備、②手順作成、③関係者への周知が求められています。
①熱中症の自覚症状のある作業者や熱中症のおそれのある作業者を見つけた者がその旨を報告するための体制整備及び関係作業者への周知
②熱中症のおそれのある労働者を把握した場合に迅速かつ的確な判断が可能となるよう
(a)事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等
(b)作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送等熱中症による重篤化を防止するために必要な措置の実施手順の作成及び関係作業者への周知
ただし、上記対応の対象になるのは、「WBGT値28度以上または気温31度以上の環境下で連続1時間以上または1日4時間を超えて実施」が見込まれる作業」です。
WBGT値については、次の項目で説明しますが、上記の条件が「見込まれる」のであれば対応が必要になることに注意が必要です。すなわち、実際に条件を満たしてから対応するのでは間に合わず、高温下での作業の可能性があるのであれば、法対応に向けた準備をするべきでしょう。
また、上記のような条件に該当するか否かの判断にあたっては、必ずしも、事業場内の特定の作業場を指すものではなく、出張先で作業を行う場合、労働者が異動して複数の場所で作業を行う場合や、作業場所から作業場所への移動時等も含む趣旨だとされている点にも注意が必要です(令和7年5月20日基発0520号6号)。
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3 WBGT値とは
WBGT値とは、いわゆる「暑さ指数」のことであり、単位は、単位は気温と同じ摂氏度(℃)で示されますが、その値は気温とは異なります。人体と外気との熱のやりとりに着目した指標であり、①湿度、②日射・輻射など周辺の熱環境、 ③気温の3つを取り入れた指標です。
WBGT値は、黒球式の測定器を用いて測定することができます。このほか、環境省の「熱中症予防情報サイト」(https://www.wbgt.env.go.jp/)において、全国の暑さ指数の実測値などを公開しており、ここから参考値を得ることもできます。
4 従前からの通達内容
熱中症に関しては、従前から、「職場における熱中症の予防について」(平成21年6月19日基発0619001号)という通達があり、職場における熱中症の予防に関する事業者の実施事項が示されていました。
ここでは、①先ほどのWBGT値(暑さ指数)を活用して、基準値を超えているか否かを確認し、②基準値を超えている場合には、熱中症予防対策を講じることが定められています。
(1)WBGT値基準値
WBGT値の基準値は次のように定められています。なお、「熱に順化している」とは、体が熱に慣れているということです。熱に順化していると、汗をかきやすくなり、熱中症のリスクにも大きく影響します。梅雨から夏にかけて急激に気温が上昇した時期や、作業の初日は熱順化していない可能性が高いとされ、一度高温多湿の作業に従事しても、その後、長期休暇を経て作業から離れると、熱順化の効果はゼロになるので、長期休暇明けの人も熱順化に注意すべき労働者となります。
区分 身体作業強度の例 各身体作業強度で作業する場合のWBGT値の目安値 熱に順化している人 熱に順化していない人 0(安静) 安静、楽な座位 33 32 1(低代謝率) 軽い手作業(書く、タイピング等)、 手及び腕の作業等 30 29 2(中程度代謝率) 継続的な手及び腕の作業等(釘打ち、盛土) 28 26 3(高代謝率) 強度の腕及び胴体の作業、ショベル作業、ハンマー作業等 26 23 4(極高代謝率) 最大速度の速さでのとても激しい活動、激しくショベルを使ったり、掘ったりする等 25 20
※厚労省パンフレット「職場における熱中症対策の強化について」より
(2)熱中症予防対策
主に、①作業環境管理、②作業管理、③健康管理、④労働衛生教育、⑤救急措置の各点について、予防対策が示されています。
ここでは全ての具体的な予防対策は割愛しますが、例えば、作業環境の管理でいえば、熱体と労働者との間に熱を遮ることのできる遮蔽物等を設置したり、屋外の高温多湿作業場所においては、直射日光や地面からの照り返しを遮るための簡易な屋根を設けたりすることが考えられます。また、休憩場所の整備として、冷房や日陰によって涼しい環境の休憩場所を設けたり、水や冷たいおしぼり等を備えておくことも考えられます。
5 今回の法改正内容
今回の法改正に係る具体的な内容について、説明いたします。
(1)報告体制の整備及び周知
熱中症のおそれがある作業者が発生した場合に報告する担当者を決め、その連絡方法を定めておくことが求められます。
社内における掲示例として、通達(令和7年5月20日基発0520号6号)では、次のように定められています。また、労働者の周知の方法としては、次のような掲示だけでなく、メールでの送付や朝礼での伝達を組み合わせるなどして、労働者に確実に伝わる方法で行うべきです。
熱中症発生時(疑い含む)の報告先
責任者○○○○(電話○○-○○○○)
代理 ○○○○(電話○○-○○○○)
また、労働者からの電話等による申告を待つだけではなく、積極的に会社側から熱中症疑いの労働者を発見するべく、責任者による作業場所の巡視、2人以上の作業者が互いの健康状態を確認するバディ制の採用、ウェアラブル端末を用いた労働者のリスク管理、責任者・労働者双方での定期連絡等も推奨されています。
なお、熱中症の疑いがあるか否かに関しては、熱中症の典型的な症状を把握しておく必要があります。
熱中症の症状に関しては、重症度によって分類されていますが、例えば、めまい、立ちくらみ、生あくび、大量の発汗、筋肉痛、筋肉の硬直といった軽度のものから、頭痛、嘔吐、倦怠感といった重症度Ⅱの症状、意識障害、けいれん発作、肝・腎機能障害等が生じる重症度Ⅲの症状などがあります。
(2)手順などの作成及び周知
事業場における緊急連絡網や緊急連絡先及び所在地の確認や、作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送など、熱中症による重篤化を防止するための必要な措置の実施手順の作成が必要になります。
具体的なフロー例については、厚労省のパンフレットや通達に記載されているので、参考にしてください。
なお、身体の冷却の方法としては、作業着を脱がせて水をかけるなどの方法が考えられます。万が一、熱中症のおそれがある労働者が発生した場合には、その後に容体が急変することもあるので、一人きりにはせず、他の労働者が見守ることが重要です。
6 対策を怠った場合の罰則と企業責任
(1)違反時の罰則内容と法的責任
今回の熱中症対策の義務に反した場合には、実施義務に違反した者は「6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」に処される可能性があります(法119条1号)。
また、安衛法に違反したことが、直ちに企業の安全配慮義務違反を認定することにはなりませんが、安全配慮義務違反を認めるための重要な要素になり得ます。
今回の法改正に対応しないことで、万が一熱中症の労災事故を発生させた場合には、企業の損害賠償リスクも生じます。
(2)裁判例
熱中症に関連する近時の裁判例として、新星興業事件(福岡地小倉支判令和6・2・13)があります。
同事例では、「熱中症が重篤な場合には死に至る疾患であることからすれば、使用者は安全配慮義務の一環として、熱中症予防に努める義務を負う」としたうえで、通達の内容等から、「作業中にWBGT値の測定を行うか、少なくとも気温と相対湿度を測定してWBGT値を求めた上で、熱中症予防対策を徹底すべきだった」、「労働者らの健康状態を把握し、体調が優れない労働者について作業を中止させるなどの義務があった」とし、既に食欲不振の兆候が見られていた労働者に対し、こうした義務を怠ったとして、損害賠償義務を認めています。
7 特に注意すべき業種・企業の特徴
熱中症対策は、上記に述べた条件が見込まれる作業場となり、例えば、建設・製造・運送といった、高温多湿の環境下での作業が見込まれる場合には注意が必要です。
中小企業か否かで対応を分けているものではありませんので、対策が遅れないようにする必要があります。中小企業等で専任者を置いていない場合には、対策が遅れがちになることもあるので、そうした企業では特に注意が必要です。
8 今すぐ始めるべき熱中症対策と企業の対応策
今回の法改正の内容以外にも、前述したように、作業環境管理や健康管理など、熱中症対策は多岐に及びます。今回の法改正を踏まえ、今後採るべき対応として、次のような内容が考えられます。
①WBGT値の測定器の導入
黒球式の測定器を自社に導入するなどして、自社の作業環境を把握することが考えられます。
②作業環境管理や健康管理など
水やスポーツドリンクなどの飲料の準備や、休憩所の確保、送風ファン付作業着の導入、労働者の健康診断の結果を踏まえた配置など、事業場ごとの特性に応じた熱中症対策を採るべきです。
③法改正対応
今回の法改正で求められた報告態勢や手順整備、労働者への周知を行う必要があります。これまで、報告先(責任者)が定められていない事業場においては、これを任命するなど、社内ルールの見直しを行い、熱中症対策を明記するべきです。必要に応じて、就業規則の改正も検討されるでしょう。
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9 当事務所のサポート内容
当事務所では、今回の熱中症対策をはじめ、労働災害、労働安全衛生に関するご相談を数多くお受けしております。
実際に労災事故が発生し、損害賠償請求を受けた場合はもちろん、事前の予防対策の観点からのご相談をお受けすることも可能です。むしろ、熱中症に関しては、今回の法改正に適切に対応し、自社の安全配慮義務履行を確実にしておくべく、予防法務としての対応が重要となります。
具体的にどのように対応していけばよいか分からない、自社で定めた熱中症対策に漏れがないかなど、お困りのこと、ご不明な点がございましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。
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Last Updated on 2025年6月6日 by loi_wp_admin