文責:木原 康雄
1 労働基準法19条1項本文による制限
労災で休業中の場合に解雇を制限する規定が労働基準法に置かれています。
労働基準法19条1項本文は、「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。」と定めています。
これは、再就職が困難な時期に解雇により失業することによって労働者の生活が脅かされることのないように、再就職の可能性が回復するまでの間、解雇を一時的に禁止して労働者を保護することを目的としています(光洋運輸事件・名古屋地判平元・7・28労判567号64頁)。
したがって、労災による傷病の療養のため休業する期間及びその後30日間は、解雇することはできません。
2 労働基準法19条1項本文が適用されない場合
(1)治癒から30日経過後のとき
労働基準法19条1項本文が適用されない場合であれば、この禁止に抵触せず、解雇の余地が出てきます。
これに該当する場合として、まず、「業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間」を経過したときが挙げられます。
なお、「療養のために休業する期間」(治癒までの期間)は傷病が快復するか、または、快復しなかった場合でも、傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行っても、その医療効果が期待できなくなった状態(症状固定といいます)に至るまでをいいます(前掲・光洋運輸事件など)。したがって、快復していなくとも、症状固定に至ったときには、その後30日を経過した後は解雇が可能となります。
(2)休業していないとき
つぎに、労働基準法19条1項本文は、療養のために「休業する期間」と定めていますので、業務上傷病を負って治療を受けていたとしても、休業(休職)していないときには解雇が可能ということになります。
(3)通勤災害のとき
また、労災保険法上の労災保険給付の対象ではありますが、通勤災害のときには、「業務上」負傷し、または疾病にかかったのではないため、やはり労働基準法19条1項本文は適用されず、解雇制限はかかりません。
(4)有期労働契約の雇止めのとき
一定の期間または一定の事業の完了に必要な期間までを契約期間とする労働契約(有期労働契約)における期間満了による契約終了(雇止め)についても、他に契約期間満了後引き続き労働契約関係が更新されたと認められる事実がない限り、もともとその期間満了とともに終了しますので、労働基準法19条1項本文の適用はなく(「解雇」にはあたらず)、制限を受けません(昭23・1・16労働基準局長通達56号、昭24・12・6労働基準局長回答3908号、昭63・3・14労働喫準局長通達150号)。
(5)事業の継続が不可能となったとき
天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となったときにも、労働基準法19条1項本文は適用されず、解雇は制限されません(同条項但書)。
ただし、多少の人員整理により事業の主たる部分を保持して継続できる場合や、一時的に操業中止となったとしても再開復旧の見込みが明らかな場合は、これに含まれません(昭63・3・14労働喫準局長通達150号)。
なお、「不可能となったとき」かどうかについては、労働基準監督署長の認定を受ける必要があります(同条2項)。
(6)打切補償が支払われたとき
業務上傷病により療養している労働者が療養開始後3年を経過しても治癒しない場合に、使用者が平均賃金の1200日分相当の打切補償を支払ったときにも(労働基準法81条)、同法19条1項本文は適用されなくなり、解雇は制限されなくなります(同法19条1項但書)。
なお、同法81条は「第75条の規定によって補償を受ける労働者が」と規定しているため(同法75条は、使用者が、療養補償を支払う旨の規定です)、労災保険から、療養補償給付・休業補償給付を受けている場合にも、使用者が1200日分相当の打切補償を行えば、労働基準法19条1項本文は適用されなくなるかが問題となっていました。
この問題意識としては、療養開始後3年を経過しても傷病が治らずに労働ができない労働者に対し、後記(7)のとおり傷病補償年金が支払われている場合には打切補償を支払ったものとみなされて解雇が可能となるのに、療養補償給付・休業補償給付を受けているにとどまる場合には、使用者が現実に打切補償を支払っても解雇できないという大きな差が生じるのは不合理ではないかという点にありました。
この問題に決着をつけたのが学校法人専修大学事件・最二小判平27・6・8労判1118号18頁です。最高裁は、労働基準法上の労災補償制度と労災保険制度の関係から、労災保険給付は労働基準法上の災害補償に代わるものであり、労働基準法19条1項但書の適否について異なる取扱いをする理由はないから、同条項但書の適用に関しては、労働保険法上の療養補償給付を受ける労働者も、労働基準法81条の「第75条の規定によって補償を受ける労働者」に含まれ、使用者が打切補償の支払いを行った場合には、同法19条1項但書により同条項本文の適用(解雇制限)を受けないものと判断しています。
(7)傷病補償年金の支給を受けているとき
労災保険の療養補償給付を受けている労働者の傷病が、療養開始後1年6か月を経過しても治らず、かつ、その傷病の程度が1級から3級にある者に対しては、傷病補償年金が支給されます(労災保険法12条の8第3項)。そして、療養の開始後3年を経過した日において、この傷病補償年金を受けている場合、または同日後において傷病補償年金を受けることとなった場合には、当該3年を経過した日または傷病補償年金を受けることとなった日に、使用者が労働基準法81条の打切補償を支払ったものとみなされますので(同法19条)、以後は解雇制限を受けません(労働基準法19条1項但書)。
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3 労働契約法16条・19条による制約
(1)解雇について
前記したところにより、労働基準法19条1項本文の解雇制限が適用されない場合であっても、別途、労働契約法16条(懲戒解雇であれば同法15条)の制約を受けることになります。すなわち、解雇するには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められることが必要となることに留意が必要です。
ただし、アールインベストメントアンドデザイン事件・東京高判平22・9・16判タ1347号153頁は、打切補償の要件を満たした場合には、雇用者側が労働者を打切補償により解雇することを意図し、業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたというような、打切補償制度の濫用ともいうべき特段の事情が認められない限りは、解雇は合理的理由があり社会通念上も相当と認められることになるというべきであると述べています。
前掲・学校法人専修大学事件の差戻審判決(東京高判平28・9・12労判1147号50頁)も、一般に、労働者の労務提供の不能や労働能力の喪失が認められる場合には、解雇には、客観的に合理的な理由が認められ、特段の事情がない限り、社会通念上も相当と認められるべきという理解を前提に、上記と同様の趣旨を述べ、そのような特段の事情はないので解雇は有効であると判断しています。
(2)雇止めについて
なお、前記2(4)のとおり、有期労働契約の雇止めに労働基準法19条1項本文が適用されないとしても、労働契約法19条により、契約更新に対する合理的期待が認められる場合には、客観的合理的理由と社会的相当性が求められます。
そして、この客観的合理的理由と社会的相当性の判断は、労働基準法19条の趣旨を踏まえてなされるべきであろうと考えられていますので(「新基本法コンメンタール労働基準法・労働契約法(第2版)」日本評論社・69頁)、上記(1)の解雇と同様の留意が必要になります。
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4 労災と解雇について当事務所でサポートできること
以上のとおり、業務上の傷病の場合は労働基準法19条1項本文の解雇制限がかかりますが、それ以外の私傷病であればかかりません(もちろん、就業規則上に休職制度がある場合は、それに則って処遇する必要はあります)。
ただし、傷病の業務上外の認定は、最終的には裁判所の判決によってなされるものです。そのため、業務上外を慎重に判断しないと、後に私傷病との会社の判断が覆され、業務上の傷病であるから労働基準法19条1項本文により解雇は無効とされるリスクが生じます。
また、治癒に至ったかどうかや、労働契約法16条・19条の客観的合理的理由と社会的相当性の有無などについては、法的な評価・判断が必要になります。しかし、何らかの客観的な基準があるわけではありませんので、その判断の際には、労務問題について多くの経験を有する弁護士に相談するのが有益です。
このような法的評・判断を前提とした適切な対応について、当事務所にご相談いただければと思います。
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Last Updated on 2025年1月10日 by loi_wp_admin