パワハラでの労災認定とは?会社側の対応について弁護士が解説

パワハラでの労災認定とは?会社側の対応について弁護士が解説

文責:松本 貴志

0 はじめに

近年では、精神疾患を原因とする労災申請件数が増加しており、労働者が精神疾患を患う原因としては、上司からのパワハラやセクハラなどのハラスメントの占める割合も多いです。

企業にとっては、パワハラ等のハラスメントが原因で労働者が休業・退職、最悪の場合自殺などに至った場合には、一人の労働力を失うだけでなく、本人や遺族から莫大な損害賠償請求を受けたり、社会的評価が下がって採用力が低下したりするなど、様々な悪影響が出ることが考えられます。

そこで、本記事では、パワハラの定義を確認した上で、パワハラで労災認定を受けた場合の企業リスクや、どのような場合にパワハラによる労災認定を受けるのかなど、パワハラによる労災認定について解説していきます。

1 パワハラとは

パワハラについては、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令2.1.15厚労告5)、いわゆるパワハラ指針において定義されております。

パワハラ指針によれば、パワハラとは、①事業主が職場において行われる優越的な関係を背景とする言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③その雇用する労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいいます(パワハラ指針2⑴)。

ここで、①「優越的な関係を背景とした」言動とは、例えば、職務上の地位が上位の者による言動など、「当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの」を言います(パワハラ指針2⑷)

また、②「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、例えば、業務上明らかに必要性のない言動、業務の目的を大きく逸脱した言動、業務を遂行するための手段として不適当な言動など、「社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの」を言います(パワハラ指針2⑸)。

③「労働者の就業環境が害される」とは、「当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」をいいます(パワハラ指針2⑹)。

また、パワハラ指針2⑺イ~へでは、以下のパワハラの代表的な言動の6類型が示されています。

①身体的な攻撃・・・暴行・障害
②精神的な攻撃・・・脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言
③人間関係からの切り離し・・・隔離・仲間外し・無視
④過大な要求・・・業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害
⑤過小な要求・・・業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
⑥個の侵害・・・私的なことに過度に立ち入ること

ただし、上記の6類型は、パワハラの典型的な類型を挙げたものにすぎず、限定列挙ではないため、この6類型に該当しないもの、パワハラに該当する可能性があります。

2 パワハラで労災認定を受ける場合の企業リスク

パワハラで労災認定を受ける場合には、以下のような企業リスクがあります。

(1)労働力の喪失

まず、パワハラにより労災認定を受ける場合の企業リスクとしては、まず、パワハラを受けた労働者側が、休職に入ったり、退職したりすることにより労働力を喪失することが挙げられます。

また、被害を受けた当該労働者が休職や退職に至らない場合でも、精神疾患により業務をする上でのパフォーマンスが低下することは十分に考えられます。

(2)損害賠償請求を受けるリスク

「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実に関する法律」いわゆるパワハラ防止法30条の2第1項は、事業主に対してパワハラ防止措置を講じることを義務付けています。

企業は、パワハラ防止措置として、パワハラ防止に関する方針の明確化やその周知・啓発、パワハラについての相談窓口を設置するなど相談体制を整備すること、パワハラが起こった際に迅速かつ適切に対応するなどの義務を負います。

また、企業は、業務において労働者の安全や健康に配慮する義務である安全配慮義務(労働契約法5条)の一内容として、労働者の人格的利益が害されないよう良好な職場環境を保持する義務(職場環境調整義務)を負います。

したがって、パワハラに対して企業が迅速かつ適切に対応せず、被害者が精神疾患等に罹患してしまった場合には、企業は、当該労働者又はその遺族から、パワハラ防止措置義務違反や職場環境調整義務違反に基づく損害賠償請求を受ける可能性があります。

⑶被害者への解雇制限

また、労働基準法19条1項により、企業は、業務上負傷又は疾病にかかって休業中の労働者を解雇することはできません。

したがって、パワハラの被害を受けた労働者が休業に入った場合でも、企業は当該労働者を解雇したり、休職期間満了による退職扱いとしたりすることはできません。

⑷レピュテーションリスク

また、悪質性の高いパワハラや被害者が自殺してしまったような酷いケースでは、ニュースで報道されたり、SNSや転職サイト等への投稿などにより、企業の社会的評価が低下して採用力が低下したり、取引先との契約が打ち切られたりすることも考えられ、これも企業にとっては大きなリスクといえます。

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3 パワハラが原因で労災認定されるケース

発症した精神障害が業務上の疾病に当たるか否かについては、厚労省が発表している添付の「精神障害の労災認定基準」(以下「認定基準」といいます。)に従って判断されます。

認定基準では、①対象疾病を発病していること(うつ病は、対象疾病に該当します)、②対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したと認められないこと、の3つの要件をいずれも満たす対象疾病を業務上の疾病と認めています。

②の「業務による強い心理的負荷が認められる」とは、業務による具体的出来事があり、その出来事とその後の状況が、労働者に強い心理的負荷を与えたことをいいます。

そして、認定基準記載の「特別な出来事」(極度の長時間労働等)に該当する出来事が認められた場合には、直ちに②の要件を充足し、「特別な出来事」に該当する出来事がない場合には、認定基準別表1記載の「具体的出来事」に当てはめて評価されます。

例えば、パワーハラスメントに関して、心理的負荷の強度が「強」になる例としては、以下が挙げられています。

・上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合

・上司等から、暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合

・上司等による人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃

・上司等による必要以上にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃

・心理的負荷が「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合

したがって、心理的負荷が「中」程度の精神的攻撃でも、会社が適切な対応をとらなかった場合には、「強」になる可能性がありますが、「中」の具体例としては、以下が挙げられています。

・上司等による治療を要さない程度の暴行による身体的攻撃

・人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を逸脱した精神的攻撃

・必要以上に長時間にわたる叱責、他の労働者の面前における威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃

また、例えば、パワハラについての心理的負荷が「中」や「弱」のような場合でも、長時間労働等他の出来事と相まって、全体として心理的負荷が「強」となり、労災認定がされる可能性もありますので、留意が必要です。

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4 自社で労災対応をすることの難しさ

パワハラの被害を受けた労働者が負傷したり、精神障害に罹患したりしたケースでは、当該労働者は労災申請をする可能性が高いです。

労働者の労災申請に際しては、企業は法律上の助力義務があるため(労災保険法施行規則23条)、仮に企業としては調査の結果パワハラの事実がないと判断したとしても、労災申請の手続きには協力する必要があります。例えば、労災保険番号や平均賃金等、使用者の手元にある情報の開示を求められた場合には、協力する必要があります。一方で、労災申請の際に労基署に提出する労災保険給付請求書には、事業主証明欄があります。「災害の原因及び発生状況」についても、証明の対象とされていますが、企業として労災認定を認めない場合には、安易に事業主証明をすると、後々当該労働者から訴訟提起等された際に不利な証拠となってしまう可能性があります。したがって、調査の結果、パワハラの事実がないと判断した場合や、パワハラの事実があっても当該労働者の精神疾患との間で因果関係がないと判断した場合には、安易に事業主証明欄に記入するべきではありません。このような場合には、労災保険給付請求書のうち、異論がない部分のみ記載し、証明しますという欄の部分は削除するなど、慎重に対応する必要があります。また、労基署に対して企業としての認識を記載した意見書を提出することも考えられます。

また、労災認定を判断するのは、最終的には労基署になりますので、企業としては、労災ではないと認識している場合でも、最終的な判断は労基署に委ねるというスタンスを崩さないことが大切です。

また、労基署の調査に備えて、様々な資料を整理し、会社としての見解をまとめておくことも重要でしょう。

労災申請への対応に慣れていない企業は、安易に事業主証明に応じてしまったり、逆に労災申請に全く協力しなかったり、不適切な対応をしてしまうケースが多いです。

また、労災ではないと認識している場合には、上記の通り、労基署に企業としての見解を記載した意見書を提出することが考えられますが、どのような内容を記載すればよいのか悩む企業も多いと思います。

したがって、労災申請への対応に際しては、労災対応について経験豊富な弁護士のアドバイスを受けることが推奨されます。

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うつ病で休職していた従業員が、パワハラを主張して労災申請したが、事実調査を行った結果、パワハラの事実は発見できず、むしろその従業員が周りの従業員と協調して仕事ができないことが判明し、労災認定されなかった事例

従業員がパワハラを主張して弁護士をつけて会社に損害賠償請求をした事案で、請求金額を大幅に減額して示談により解決した事例

従業員が業務中に機械でケガをし、労災認定された後に、代理人弁護士をつけて会社の安全配慮義務違反を主張して損害賠償請求したが、会社が安全配慮義務を尽くしていたことを主張・立証したところ請求が途絶えた事例

5 企業側の労災対応について当事務所がサポートできること

上記の通り、企業の労災対応については、様々なリスクや留意点があり、労災対応に慣れていない企業にとっては、対応が難しいケースもあります。また、労災申請の原因となったパワハラについても、判断が微妙なケースもあります。

当事務所では、労働問題の経験が豊富な弁護士が多数在籍しており、ハラスメントや労災対応について日頃より顧問企業様から多くのご相談を受けておりますので、労災対応に当たり、紛争化を回避するためのアドバイスや紛争化した場合のリスクを想定したアドバイスをすることが可能です。

ハラスメントや労災対応等労働問題についてお困りの際は、是非一度当事務所にご相談ください。

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Last Updated on 2024年7月31日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
当事務所では、「依頼者志向の理念」の下に、所員が一体となって「最良の法律サービス」をより早く、より経済的に、かつどこよりも感じ良く親切に提供することを目標に日々行動しております。「基本的人権(Liberty)の擁護、社会正義の実現という弁護士の基本的責務を忘れず、これを含む弁護士としての依頼者の正当な利益の迅速・適正かつ親切な実現という職責を遂行し(Operation)、その前提としての知性と新たな情報(Intelligence)を求める不断の努力を怠らず、LOIの基本理念である依頼者志向を追求する」 以上の理念の下、それを組織として、ご提供する事を肝に命じて、皆様の法律業務パートナーとして努めて行きたいと考えております。現在法曹界にも大きな変化が起こっておりますが、変化に負けない体制を作り、皆様のお役に立っていきたいと念じております。