
文責:石居 茜
従業員が安全に、かつ健康に働ける環境を整えることは、企業の持続的な成長において欠かせない要素です。しかし、依然として全国で年間約50万人もの労働者が被災している現状があります。労働災害(労災)が発生すると、被災した従業員への補償だけでなく、企業側も多大な法的・社会的責任を問われることになります。
本記事では、労働災害を防ぐために企業が取るべき法的予防策について、弁護士の視点から解説します。
1 なぜ労働災害で「予防対応」が重要か
労働災害が発生してから対応するのではなく、未然に防ぐ「予防」に力を入れるべき理由は主に3点あります。
(1)労働災害の発生件数・賠償リスク
労働災害の発生件数は年々減少傾向にあるものの、依然として高い水準で推移しています。特に従業員50人未満の小規模事業場では、大規模事業場に比べて発生率が高くなっています。 万が一、企業側に「安全配慮義務違反」が認められた場合、多額の損害賠償請求(慰謝料や逸失利益など)を受けるリスクがあります。これは企業の経営基盤を揺るがしかねない重大な脅威となります。
(2)企業イメージや従業員モチベーションへの影響
労災の発生は、「安全管理が疎かな企業」というネガティブなレッテルを貼られる原因となり、社会的信用を大きく損ないます。また、共に働く同僚が被災することは、他の従業員の心理的負担となり、職場全体のモチベーション低下や人材流出を招く恐れがあります。
(3)発生後対応に比べた予防の費用対効果の高さ
労災が発生した後の事故調査、賠償対応、労働基準監督署による是正勧告への対応には、膨大な時間とコストを要します。一方で、事前に安全教育や設備の点検といった予防策を講じることは、中長期的に見れば事故による損失を回避し、結果として経営コストの削減につながります。
2 労働災害予防の基本方針
労働災害防止の基本は労働安全衛生関係の法令を守り、法令に従った対策をとることです。
以下、労働安全衛生関係法令で、事業者に義務づけられている措置を説明します。
(1) 危険防止の措置
・ 機械設備を使用して作業を行う場合
→ 機械の動作範囲に身体の部位が入らないようにするため、柵や覆いなどを設ける必要があります。
・ 火災、爆発の危険性のある物を取り扱う場合
→ 換気を行う、火気を使用しないなどの措置をとる必要があります。
(2) 健康管理の措置
事業者は、従業員に対して年に1回、定期健康診断を実施する必要があります。また、従業員を有害な業務に就かせる場合には、6カ月以内に1回、特殊健康診断を実施する必要があります。
(3) 安全衛生管理体制の整備
① 安全衛生推進者または衛生推進者の選任
従業員数10人以上50人未満の事業場では、安全衛生推進者または衛生推進者を選任し、危険防止の対策や教育、健康診断の実施などの安全衛生の業務を担当させる必要があります。
② 作業主任者の選任
プレス機械や木材加工用機械による作業など、危険または有害な作業を行う場合には、作業主任者を選任し、作業員の指揮、機械設備の点検等を行わせる必要があります。
③ 従業員の意見の聴取
従業員の意見を聞きながら安全衛生対策を進める必要があります。
(4) 安全衛生教育の実施
従業員を雇い入れたときなどには、以下のような安全衛生のための教育を行う必要があります。
(教育の内容)
・ 機械、原材料、保護具などの取扱方法
・ 作業手順
・ 事故時における応急措置
小型ボイラーの取り扱い作業など危険または有害な業務に就かせる場合には、その業務に関する特別の教育を行わなければなりません。
(5)安全委員会、衛生委員会、安全衛生推進者について
① 安全委員会・衛生委員会・安全衛生推進者の概要
- 安全委員会は、主に労働者の危険防止や労働災害の原因・再発防止対策(安全に関する事項)について調査審議する委員会です。
- 衛生委員会は、労働者の健康障害の防止や健康の保持増進、労働災害の原因・再発防止対策(衛生に関する事項)について調査審議する委員会です。
- 安全衛生推進者は、一定規模未満の事業場において安全衛生管理を推進する役割を担う者です。
② 安全委員会の設置義務と対象事業場
- 安全委員会は、林業、鉱業、建設業、特定の製造業(木材・木製品製造業、化学工業、鉄鋼業、金属製品製造業、輸送用機械器具製造業)、運送業(道路貨物運送業、港湾運送業)、自動車整備業、機械修理業、清掃業などの業種で、常時50人以上の労働者を使用する事業場に設置義務があります。
- それ以外の業種では、常時100人以上の労働者を使用する事業場で設置義務があります。
③ 衛生委員会の設置義務と対象事業場
- 衛生委員会は、業種を問わず、常時50人以上の労働者を使用する事業場に設置義務があります。
- 衛生委員会の主な役割は、労働者の健康障害防止や健康保持増進、衛生に関する労働災害の原因・再発防止対策などについて調査審議し、事業者に意見を述べることです。
④ 安全衛生委員会について
- 安全委員会と衛生委員会の両方の設置義務がある事業場では、両者を統合した安全衛生委員会を設置することができます。
- 安全衛生委員会は、安全委員会と衛生委員会の調査審議事項をあわせて扱います。
⑤ 委員会の構成・運営
- 各委員会の議長は、総括安全衛生管理者または事業場の事業を統括管理する者が務めます。
- 議長以外の委員の半数は、労働者の過半数組合または過半数代表者の推薦に基づき事業者が指名します。
- 委員会は毎月1回以上開催し、重要な議事については記録を作成し3年間保存する義務があります。
- 委員会の議事概要は、開催の都度、遅滞なく労働者に周知しなければなりません。
⑥ 安全衛生推進者について
- 常時10人以上50人未満の労働者を使用する事業場では、業種により安全衛生推進者または衛生推進者の選任が義務付けられています。
- 安全衛生推進者は、事業場の安全衛生に関する事項を管理し、労働災害防止や快適な職場環境の形成に努めます。
⑦ まとめ
- 安全委員会・衛生委員会は、一定規模以上の事業場で設置が義務付けられており、労働者の安全と健康を守るための重要な労使参加機関です。
- 小規模事業場では安全衛生推進者がその役割を担います。
- いずれも、労働者の意見を反映し、事業者と協力して安全衛生管理体制の向上を図ることが目的です。
(6)リスクアセスメントに基づく取り組み
リスクアセスメントとは、作業に潜む危険性や有害性を特定し、そのリスクを除去・低減するための手法です。
リスクとは負傷または疾病の重篤度と発生の可能性を組み合わせたもののことです。リスクアセスメントに基づき対策を行うことにより、確実に、効果的に災害を防止できます。
リスクアセスメントの基本的な手順は以下のとおりです。
① 従業員の就業における危険性または有害性の特定
② 特定した全ての危険性または有害性について、リスクの見積もり
③ 見積もりに基づき、リスクを低減するための優先度の設定
④ リスク低減措置の検討および実施
⑤ リスクアセスメントとリスク低減措置の記録
結果の記録これらを体系的に実施することで、場当たり的ではない、確実な災害防止が可能となります。
▼関連記事はこちら▼
運送業で労災が起きたときの会社側の対応・再発防止策について弁護士が解説
派遣スタッフに労災が発生した際の派遣先・派遣元の初動対応・再発防止策について弁護士が解説
3 就業規則・安全衛生規程の見直しポイント
法令順守(コンプライアンス)の観点から、以下の点を見直すことが重要です。
(1)安全衛生教育の実施規定(雇入れ時や作業内容変更時)
(2)健康診断の受診義務とその後の措置
(3)保護具の着用や作業手順の遵守に関する服務規律
4 予防対応における弁護士の役割
弁護士は、単にトラブルが起きた後の「火消し役」ではありません。予防法務の観点から、以下のようなサポートを行います。
(1)安全衛生規程・就業規則の法的チェック
現行の規程が最新の法令や判例に適合しているかを精査し、企業を守るための規定を整備します。
(2)労働契約・安全配慮義務の観点からの助言
企業が負担すべき「安全配慮義務」の範囲を明確にし、具体的な対策の妥当性をアドバイスします。
(3)安全管理体制構築の法的側面サポート
社内研修の講師や、事故発生時の対応マニュアル(ガイドライン)策定を支援し、組織全体の意識向上を図ります。
5 判例から学ぶ労働災害予防の要点
裁判例では、企業が「どこまで対策を講じていたか」が厳格に問われます。事故を防止するために、職務の性質や労働者の状態等の具体的状況に応じて、会社の通常の業務・作業から予見し得る事故に対して、事故を回避するために、具体的にどのような措置を講じていたかが問われます。例えば、設備に不備があった場合だけでなく、「適切な作業手順を定めていたか」「その手順を遵守するよう教育・指導を徹底していたか」「基本的な安全教育をしていたか」という点も、安全配慮義務の判断基準となります。 また、近年では精神障害(メンタルヘルス)に関する労災認定も増えており、長時間労働の是正やハラスメント対策も、現代における重要な「労働災害予防」の一環となっています。
6 当事務所のサポート内容
当事務所では、企業の皆様が安心して事業に専念できるよう、労働問題のリーガルサービスを提供しております。
労務監査・規程整備:貴社の安全管理体制を診断し、最適な規程案を提示します。
顧問契約による継続支援:日々の些細な疑問から、リスクアセスメントの運用相談まで、迅速に対応いたします。
社内研修の実施:管理職や従業員向けに、労災予防の重要性を伝える法務研修を行います。
労働災害は、適切な予防措置を講じることでその多くを防ぐことが可能です。少しでも不安を感じる点や、改善を検討されている事項がございましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。
▼関連記事はこちら▼
労災で休業中の従業員を解雇できますか?労務に精通した弁護士が解説!
労災隠しとは?罰則はありますか?労災が起きた際の会社側の適切な対応について弁護士が解説!
労働安全衛生法違反とは?会社側が対応すべき内容について弁護士が解説!
Last Updated on 2026年1月30日 by loi_wp_admin



