
要約-はじめに代えて
就業規則と労働基準法等の関係については、法令(強行法規)および労働協約が就業規則に優越し、就業規則は労働契約に対して最低基準としての効力を有するという階層構造があります。労働基準法は労働条件の最低基準を定めた強行法規であり、これに達しない労働条件を定める就業規則や労働契約の規定は、その部分について無効となり、労働基準法の基準が適用されます。企業が就業規則を法令違反の状態のまま放置すると、未払残業代や付加金の支払義務、さらには刑事罰を科されるリスクが生じます。特に固定残業代の設定や有給休暇の付与、労働時間の管理などは法令違反が生じやすい項目であり、近年の消滅時効の延長などの法改正も踏まえ、定期的なリーガルチェックと弁護士による適切な作成・見直しが不可欠です。
1 就業規則と労働基準法の優先順位と関係性
(1)法令・労働協約・就業規則・労働契約の「階層構造」
労働条件を決定する規範の間には優先順位(階層構造)が存在します。具体的には、法令(強行法規)が最も優先され、次いで労働協約、就業規則、個別の労働契約の順となります。労働基準法92条1項および労働契約法13条により、就業規則は法令または当該事業場に適用される労働協約に反してはならないとされています。労働協約は、使用者が一方的に制定する就業規則よりも優位に立つとされており、就業規則が労働協約に反する場合、その部分は無効となります(労組法16条)。一方で、就業規則は個別の労働契約に対して「最低基準効」を持ち、就業規則の基準を下回る労働契約の合意は無効とされますが、就業規則を上回る有利な労働条件を個別の労働契約で定めることは有効です。
(2)労働基準法は最低ラインを定めた強行法規
労働基準法は、労働条件の最低限の基準を定める強行法規です(労働基準法1条2項)。同法13条は、労働基準法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とし、無効となった部分は同法の基準によると定めています。
この強行規定としての性質により、たとえ労使間で合意があったとしても、法定基準を下回る条件は法的に認められません。就業規則においても同様に、労働基準法に規定される条件より不利な規定がある場合は、労働基準法が優先して適用されます。
2 就業規則が労働基準法に違反しているとどうなる?
(1)違反した条項は「無効」となり、法律の基準が適用される
就業規則が法令に違反する場合、その違反部分は無効となります(労働基準法92条1項、労働契約法13条)。無効となった部分は、労働基準法等の法令が定める基準に自動的に引き上げられて適用されることになります(この効力を強行的・直律的効力といいます)。また、行政上の措置として、労働基準監督署等の行政官庁は、法令や労働協約に抵触する就業規則の変更を命じることができます(労働基準法92条2項)。
寺院法務の実務と書式労働基準法 第十三条 (この法律違反の契約)労働基準法 第九十二条 (法令及び労働協約との関係)労働契約法の施行について労働関係法令の解説
(2)違反した場合に会社側が被るリスク
就業規則が労働基準法に違反し、適切な労働条件が確保されていない場合、企業は以下のような重大なリスクを負います。
①未払割増賃金の支払義務: 固定残業代の定めが無効と判断された場合などは、過去に遡って不足する割増賃金を支払う必要があります。また、未払残業代に対して遅延損害金が発生します。
②付加金の支払い: 労働基準法に基づく金員支払い義務違反の中でも、解雇予告手当(労働基準法20条。医療法人光優会事件・奈良地判平25・10・17労判1084号24頁)、休業手当(労働基準法26条)、もしくは割増賃金(労働基準法37条)、または年休に対する賃金(労働基準法39条9項)を支払わなかった使用者に対して、労働者の請求により、これらと同一額の付加金の支払を命ずることができることが定められています(労働基準法114条)。例えば、裁判所は労働者の請求により、未払の割増賃金等と同額の「付加金」の支払いを命じることができます。
③刑事罰: 労働基準法の規定に違反した場合には、6か月以下等の拘禁刑または30万円以下等の罰金が科される可能性があります(労働基準法117条から121条)。
④企業全体への波及: 特定の従業員の就業規則規定が無効とされれば、同様の規定が適用される他の全従業員に対しても未払賃金の支払い義務が生じるなど、経営に大きな打撃を与える可能性があります。
3 企業が注意すべき、労働基準法違反になりやすい就業規則の項目
(1)残業代の計算方法や固定残業代の設定
実務上、固定残業代(定額残業手当)に関する紛争が多く見られます。
法理論的にどこまでが要件か、要素なのかについては、議論の余地がありますが(厳格には、重要な許容要素というべきでしょう)、従前の判例・裁判例、学説は、おおむね、以下の要件・要素をみなし手当許容の事情として検討してきましたが、最近の一連の最高裁判決により、下記の性格付け(対価性)(A)、判別可能性(B)のみを許容要件としていることで判断要件・要素は確定した感があります※。なお、以下の論議は、原則として、法定時間を超過した時間外労働等に関する議論であり、法定時間内残業や法定外休日の場合には別異の解釈・処理は可能ですが※※、法定時間内残業等につき、特段の定めがない場合は、通常の労使の合理的意思解釈として同様に解されることとなります。
※ 一連の最高裁判決を引用しつつ、熊本総合運輸事件・最二小判令5・3・10労判1284号5頁は法定外みなし制の許容要件・要素につき、概ね、次のように判示した。使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには,その前提として,労働契約における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。そして,上記の判別をすることができるというためには,当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ,当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは,当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべき」>/国際自動車事件・最三小判平成29・2・28労判1152号5頁/医療社団法人康心会事件・最二小判最判平成29・7・7労判1168号49頁/日本ケミカル事件・最一小判平30・7・19労判1186号5頁/国際自動車事件・最一小判令2・3・30労判1220号5頁等。
みなし手当でカバーされる時間外労働時間数の限界につき、この問題を正面から論じ、みなし手当の有効性を問う裁判例が現れています※。しかし、前述の限度基準の実態や、同手当が当然に過重な残業を義務付けるものではないことを踏まえると、公序良俗違反の評価には、はなはだ疑問があったところ、同旨から限度時間超過みなしを有効とする例も現れています※※。ただし、労基法に限度時間が罰則付きで法定された今後は、結論が変わってくるのかが問題となります。理論的には、特別条項が締結されている場合でも、時間外・休日労働を含んで、今後、複数月の平均上限である80時間が上限のみなし時間数となるでしょう(労基36条6項2号)。さらに、みなし手当でカバーされる時間と労働実態との乖離も前記「対価性」の観点から問題とされる例があり、留意すべきです※3。
※ [限度時間超過分無効例]前掲ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件・札幌高判平24・10・19労判1064号37頁<95時間分の職務手> [全部無効例] マーケティングインフォメーションコミュニティ事件・東京高判平26・11・26労判1110号46頁<100時間超え合意>、イクヌーザ事件・東京高判平30・10・4労ジャ82号26頁<月80時間>、木の花ホームほか1社事件・宇都宮地判令2・2・19労判1225号57頁<月131時間14分相当>、国・渋谷労基署長(カスタマーズディライト)事件・東京地判令5・1・26労経速2524号19頁<月150時間前後相当>等
※※ [限度時間みなし有効例]コロワイドMD(旧コロワオド東日本)事件・東京高判平28・1・27労判1171号76頁<70時間の定め>/結婚式場運営会社A事件・東京高判平31・3・28労判1204号31頁<約109時間分>/住友不動産事件・名古屋地判令5・2・10労経速2515号31頁<月60時間相当>等
※3 ただし、「実際の時間外労働等の時間とのかい離…の点のみが重要な事情となることは考え難い」とされる(池原桃子最高裁調査官による「時の判例」(ジュリ152号76頁以下)。
さらに、設定された時間数を超えて労働した場合には、別途割増賃金の支払いが必要であり、不足分を翌月に繰り越すことはできません。他方、みなし手当でカバーされている時間外労働時間を余らした場合に、そのみなし時間に不足する手当を翌月以降の時間外労働等につき充当できるかという問題が想定されます。この点につき、賃金全額定期払の原則から違法とする見解もあり得ますが、賃金の前払清算が入社時と退職時で認められた例もあり(コンドル馬込交通事件・東京地判平20・6・4労判973号67頁)、みなし手当規定にそのような処理があり得ることが明記されていれば、調整的相殺が認められていることとの関係でも、直ちに違法とも言い切れません。しかし、フレックスタイム制における清算期間中の実労働時間に不足ある場合にも、1月~3ヶ月内での清算のみを認めていることとの均衡からも、みなし手当の繰越し充当が許されるのは3カ月までと解されます※。
※ SFコーポレーション事件・東京地判平21・3・27労経速2042号26頁では、計算上算定される残業代と管理手当との間で差額が発生した場合には、不足分についてはこれを支給するとしつつ、超過分については会社がこれを次月以降に繰り越すことができるとの規定の有効性を前提に、翌月以降の清算を認め、結果的に残業代請求を全面棄却しており、注目される。
(2)有給休暇の付与日数や時期指定権
労働基準法39条に定める基準を下回る有給休暇の付与規定は無効です。例えば、有給休暇の付与を「入社3年目から」とするような規定は、法が定める「6か月経過後」という基準に反するため、自動的に法の基準へ修正されます。また、就業規則で有給休暇を排除する定めを置くことも法違反として無効になります。
(3)休憩時間の付与や休日設定の不備
就業規則には、始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇に関する事項を必ず記載しなければなりません(労働基準法89条1号)。これらの記載を欠いたり、法定の休憩時間(6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上)を下回る設定をしたりすることは法違反となります。また、トラック運転手の積卸し停車時間を休憩時間として扱っていたが、実際には労働時間と認定されるといった実態との乖離も注意が必要です。
4 法改正への対応には定期的なリーガルチェックが不可欠
(1)法律は常にアップデートされている
労働関係法令は頻繁に改正されます。例えば、労働基準法の改正により、賃金請求権の消滅時効期間がこれまでの2年から5年(当面の間は3年)に延長されており、付加金の請求期間も同様に延長されています。これにより、未払残業代が発生した場合の企業の金銭的負担は以前よりも格段に大きくなっています。
(2)「昔作ったまま」の就業規則が一番危険な理由
就業規則が法的規範として認められるためには、内容が合理的であることに加え、労働者への「周知」が必要です(労働契約法7条)。就業規則を作成・変更したものの、労働者が容易に閲覧できる状態に置いていない(周知不足)場合や、古い法規制に基づいたまま放置されている場合、想定外の無効判断や行政指導を受ける原因となります。実質的周知を欠く就業規則は、最低基準効などの効力が認められないリスクがあります(最近の三和エンジニアリング事件・東京地判令7・7・3労経速2603号3頁でも、就業規則が実質的に周知されていなかったことから、同規則が定める変形労働時間制は適用されないとしています)。
5 就業規則の作成・チェックは弁護士へご依頼ください
就業規則は単なる社内ルールではなく、合理的な内容であれば労働契約の内容を規律する法的効力を持ちます(秋北バス事件・最大判昭43・12・25民集22巻13号3459頁、帯広電報電話局事件・最一小判昭61・3・13労判470号6頁,労働契約法7条)。しかし、法令や労働協約に反する規定は無効となり、思わぬ紛争や賠償リスクを招きます。就業規則の作成・変更にあたっては、過半数労働組合または労働者の過半数代表者からの意見聴取(労働基準法90条)などの適正な手続きと、最新の法令・判例に基づいた合理的な内容の検討が求められます。個別労働関係紛争を未然に防止し、効率的な事業経営を行うためには、実務に精通した弁護士によるリーガルチェックを受けることが推奨されます。
6 当事務所のサポート内容
就業規則の作成、アップデートに関する45年以上の顧問企業への日常的アドバイスの経験を踏まえて、上記5の弁護士に依頼する必要性とメリットの全てを享受できます。
即ち、労働基準法を含む最新労働法制と最新判例研究に即した就業規則等の諸規程やマニュアルの整備、既存の就業規則等の見直し、改正への助言や作成について多くの経験を有する当事務所にご相談いただければと思います。
また、最頻法令や判例への対応についての幹部研修セミナー講師などにおいても、ご相談いただければと思います。
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