
文責:織田 康嗣
年俸制とは、毎年の評価や目標達成度に応じ基本給(年俸)を決定する仕組みのことをいいます。ただし、現実の支払が年ごとになされるものではありません。労基法24条によって、毎月1回払いの原則が適用されるので、1年単位で給与の総額を決定し、12分割して毎月支給されます。
こうした年俸制は、従業員のモチベーション向上や会社のコスト管理の観点から導入されることがありますが、「年俸制であれば残業代を支払う必要がない」と誤解していないでしょうか。結論から申し上げますと、年俸制であっても原則として残業代の支払いは必要です。本記事では、年俸制と残業代の法的な関係、正しい計算方法、そして会社がとるべき未払い残業代トラブルの防止策について、詳しく解説します。
1.年俸制でも残業代の支払いは必要
(1)「年俸にすべて含まれている」は法的に通用するのか
年俸制は1年単位で給与の総額を決定するという賃金の決定方法一種に過ぎず、それ自体に残業代の支払義務を免れさせる効果はありません。
そのため、会社側が「当社の給与は年俸制であり、年俸額に残業代がすべて含まれている」と主張しても、法的にその主張が通用することはありません。
(2)労基法が定める賃金支払いの原則と年俸制の関係
先に述べたとおり、年俸制においても、毎月1回払いの原則の適用により、現実の支払は毎月行われます。年俸制以外の通常の制度と同様、「1日8時間・週40時間」という法定労働時間を超えた場合には、当然に残業代を支払わなければなりません(労基法37条)。なお、法定労働時間を超えて従業員に時間外労働(残業)をさせるためには、36協定の締結が必要不可欠です。
(3)裁量労働制や管理監督者との混同に注意
年俸制に「成果主義」的な印象があることから、労働時間規制が適用されない「裁量労働制」や「管理監督者」と混同されて、「年俸制=残業代不要」と誤解されることがあります。
しかしながら、前述したとおり、単に年俸制を適用しただけでは、当然に残業代の支払い義務が免除されるわけではありません。もちろん、年俸制を適用しながら、裁量労働制、管理監督者、高度プロフェッショナル制度等、労基法上、労働時間規制の例外として位置づけられている制度の要件を充足する場合には、一部の割増賃金の支払義務が免除されます。
2.年俸制において残業代が発生するケース・しないケース
年俸制において残業代が発生するのか、あるいは支払いが不要となるのかは、従業員の職務内容や雇用契約の形態によって異なります。以下のケースごとに詳しく解説します。
(1)固定残業代を組み込んでいる場合
年俸制において、固定残業代を組み込んでいる場合、その範囲内であれば、実際の残業の有無にかかわらず追加の残業代を支払う必要はありません。しかしながら、固定残業代を超える残業が1分でも超えた場合には、会社はその超過分について追加で残業代を支払う必要があります。
(2)雇用契約書や就業規則に明確な区分・記載がない場合のリスク
会社が「年俸制の金額には残業代が含まれている」と想定していても、雇用契約書や就業規則において、年俸額のうち「基本給部分」と「残業代部分」が明確に区分されていない場合、その固定残業代の定めは法的に無効と判断されるリスクが極めて高いです。
有効に固定残業代を設定するには、対価性と明確区分性の各要件を充足する必要があります。
固定残業代が無効と判断された場合、残業代のつもりで支給していた部分も含めて、残業代計算の基礎となる賃金として扱われることになります。これにより、単に未払い残業代が生じることだけでなく、基礎賃金が高額になることで、莫大な未払い残業代が発生する大きなリスクを抱えることになります。
実際に、時間外労働等に対する割増賃金が年俸額に含まれることが合意されていたものの、当該年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった事例について、固定残業代が無効と判断された事例があります(医療法人社団康心会事件・最判平成29・7・7労判1168号49頁)。最高裁は次のように判示しています。
「医療法人と医師との間の雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていたとしても、当該年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分が明らかにされておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができないという事情の下では、当該年俸の支払により、時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできない」
(3)深夜労働や休日労働
労働時間規制の例外として位置づけられる、管理監督者や裁量労働制を採っていたとしても、深夜労働や休日労働については注意が必要です。
労基法上の管理監督者に該当する場合、時間外労働に対する残業代や休日労働に対する割増賃金の支払いは不要ですが、午後10時から午前5時までの「深夜労働」に対する深夜割増賃金(割増率25%以上)は支払う義務があります。
また、裁量労働制が適用されている従業員についても、みなし労働時間が法定労働時間内に設定されていれば通常の残業代は発生しませんが、深夜労働や休日労働(割増率35%以上)を行った場合には、会社は残業代を別途支払わなければなりません。
3.年俸制における残業代の正しい計算方法
年俸制の残業代の計算方法は、一般的な計算方法と変わりありません。未払い残業代が発生することを予防するためにも、正しい計算方法を理解しておく必要があります。
(1)1時間あたりの基礎賃金の算出ルール
残業代の計算式は、「1時間あたりの基礎賃金×割増率×残業時間」となります。
年俸を12分割して月次給与として支払う場合、残業代計算のベースとなる「1時間あたりの基礎賃金」を算出するには、その月額を1か月の平均所定労働時間で割ることで、1時間あたりの基礎賃金が算出されます。
例えば、年俸480万円(月次給与40万円)で、1か月の平均所定労働時間が160時間の場合、1時間あたりの基礎賃金は「40万円÷160時間=2,500円」となります。これに時間外労働の割増率(25%以上)を掛けて残業代を計算します。
(2)年俸額に賞与が含まれる場合の取り扱い
年俸制で特に注意を要するのは賞与の扱いです。労基法上、支給額があらかじめ確定していない「臨時に支払われる賃金」や「1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金(一般的な賞与)」は、残業代の計算基礎から除外されます。そのため、一般に賞与は残業代の算定基礎に含めずに計算することができます。
しかしながら、年俸制において、「その一部を賞与として支給する」とあらかじめ定めている場合(例:年俸を14等分し、2ヶ月分を賞与として支給するなど)、支給額が事前に確定しているため、法的には残業代の基礎賃金から除外できる「賞与」とはみなされません(平成12・3・8基収78号)。
したがって、賞与部分も含めた年俸総額をベースにして1時間あたりの基礎賃金を計算しなければなりません。
(3)計算ミスが招く未払い残業代の累積リスク
年俸制の残業代計算において、賞与の除外基準を誤ったり、固定残業代が無効とされたりしてしまうと、未払い残業代が毎月累積していくことになります。
未払い残業代を請求できる消滅時効は「3年」と定められています。もし、未払い残業代が発生している場合、過去3年分に遡って請求され、かつ遅延損害金も請求されるリスクがあり、会社の経営を大きく揺るがす事態に発展しかねません。
4.残業代請求トラブルを未然に防ぐために会社がすべき対策
年俸制を導入している会社が、従業員からの未払い残業代請求トラブルを未然に防ぐためには、法的に有効な制度設計と運用が不可欠です。
(1)固定残業代制度を導入する場合には要件を充足すること
前述したとおり、年俸制に固定残業代を含めて適法に運用するためには、判例に即して、対価性と明確区分性の各要件を満たす必要があります。
①対価性
当該支払が時間外労働等の対価として支払われていることが必要です。残業代の趣旨であるといえるかは、雇用契約書等の記載、会社による説明内容等、諸般の事情から判断されます。
少なくとも、雇用契約書や就業規則に、年俸に固定残業代が含まれる旨を明記し、労働者に十分に説明しておく必要があります。
②明確区分性(判別可能性)
通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要です。具体的には「年俸〇円のうち△円は、1か月●●時間の時間外労働に対する割増賃金分とする」といった明示が必要です。
先の判例の事例にあったように、単に「基本給に残業代を含む」とするのみでは要件を満たしません。
(2)残業代の精算する仕組みの構築と運用
年俸制であっても、労基法の労働時間規制を免れるものではありませんから、法定労働時間を超える時間外労働については厳格な時間管理が求められます。
会社はタイムカードや勤怠管理システムを用いて従業員の日々の労働時間を正確に把握し、超過分の残業代を毎月の給与で精算し、追加で支払う仕組みを構築・運用しなければなりません。年俸制だからといって労働時間の管理を怠ることは許されません。
5.年俸制の労務トラブルを弁護士に相談するメリット
年俸制を採用する場合でも、基本的には一般的な残業代の計算方法と変わりませんが、固定残業代の有効性や、賞与部分を残業代の算定基礎に含めるか否かといった問題もあり、会社独自の判断で運用することは非常に危険です。弁護士に相談・依頼することで、以下のようなメリットがあります。
(1)自社の年俸制が有効か無効かのリーガルチェック
弁護士に依頼することで、現在自社で運用している年俸制や固定残業代制度が最新の裁判例に照らして法的に有効かどうかを客観的にリーガルチェックすることができます。無効となるリスクが潜んでいる条項や運用上の不備を早期に発見し、トラブルが顕在化する前に是正措置を講じることが可能です。
(2)従業員から請求を受けた際の適正な計算と交渉の代行
退職した従業員や在籍中の従業員から、突然内容証明郵便や労働審判で未払い残業代を請求された場合、弁護士が会社の代理人として適正な残業代の再計算を行い、従業員側との交渉を代行することができます。相手方の過大な請求額を精査し、法的根拠を持って反論することで、解決金の減額や、訴訟への発展を防ぐなど、被害を最小限に食い止める対応が可能です。
(3)法改正や最新の裁判例に基づいた就業規則のアップデート
労働法分野は頻繁に法改正が行われ、様々な裁判例も毎年出てきています。
弁護士に労務顧問などを依頼することで、最新の法改正や判例の動向に合わせて、雇用契約書、就業規則、賃金規程などを常に適法な状態へとアップデートすることができます。
6.残業代に関して弁護士に相談すべき理由
未払い残業代の問題に関し、従業員個人から請求されるだけでなく、従業員が労働組合に駆け込んで団体交渉を申し入れてきたりするケースもあります。
このような局面において、経営者や人事担当者が法律の専門知識なしに独自に対応すると、不用意な発言が不利な証拠となったり、感情的な対立を深めて問題が長期化したりする恐れがあります。弁護士に相談することで、企業側の正当な権利を守りながら、法令に則った冷静かつ戦略的な対応が可能となり、経営者は本来の事業活動に専念することができます。
7.当事務所のサポート内容
当事務所では、使用者側(会社側)の立場から、残業代の未払いトラブルをはじめとした従業員との労働紛争の解決に注力しております。
現状の年俸制や就業規則・賃金規程のリーガルチェックから、固定残業代制度の正しい導入支援、従業員からの残業代請求に対する交渉代行、そして労働審判や訴訟対応まで、一貫して強力にサポートいたします。
年俸制の残業代計算に不安がある場合や、すでに労務トラブルが発生している場合は、被害が拡大する前に、ぜひお早めに当事務所の弁護士までご相談ください。貴社の状況に合わせた最適な解決策をご提案いたします。
▼関連記事はこちら▼
残業代請求を複数の従業員から行われた!会社側の対処法について弁護士が解説
未払い賃金・残業代請求を弁護士に依頼するメリットとは?対応の流れを解説!
従業員から残業代請求をされてしまった!対処法について弁護士が解説
残業代請求におけるタイムカードの重要性と労務管理の方法とは?弁護士が解説します。
未払い残業代問題について労基署に申告されたらどう対応する?企業労務に詳しい弁護士が解説


