退職代行を利用した従業員へ損害賠償請求をしたい!方法について弁護士が解説

文責:難波 知子

Q 社員が突然出社しなくなり、その日に、退職代行業者を名乗る者から、従業員の代行として退職を申し出る旨の電話が来ました。

 退職代行業者は、

「本人は本日をもって退職します。」

「これからは代行事業者が窓口になります。」

「本人に直接連絡しないように。」などと述べています。

当社は、退職代行業者を名乗る者を使った退職の意思表明を受けたのはこれが初めてです。

本当に当該業者が、従業員本人から依頼されたのか、従業員の情報を本当に退職代行業者に伝えていいのか、退職に必要な書面のやり取りや、私物返還については本人とやり取りしてよいのか、退職日をもう少し先延ばしにできないのか等々色々疑問があります。

どのように対応したらよいでしょうか。

また、今回、突然引継ぎもなく、退職代行業者を通しての突然の退職という話となっています。このような状況では、引継ぎも難しいと思われ、当該従業員のせいで当社は多大なる損害を受けることになりますので、同人に対し、損害賠償請求をしたいと思っていますが、これは可能なのでしょうか。

A 従業員には、退職の自由(憲法22条1項)があります。そのため、退職代行サービスを使っていても、本人の真の退職の意思が確認できれば、退職を認めなければなりません。

期間の定めのない雇用契約の場合、退職の意思表示が会社に到達してから2週間を経過すると退職の効力が生じます(民法627条1項)ので、本人の了承なく、退職日をこの日より先にすることはできません。

退職代行業者とは、本人の意思をそのまま会社に伝える使者としての活動はできますが、退職条件等についての交渉問う法律事件に関する代理行為は、非弁行為となるためできません(弁護士法72条、77条)。ですので、退職の条件交渉となる場合、本人でないと話せない、本人が対応できないのであれば、弁護士に依頼するように等伝えます。

引継ぎ未了の点に関し、労働者に損害賠償請求し、損害について賠償させることは、要件を満たせば可能ではありますが、現実的には回収が困難なことが多いといえます。

1 退職代行業者とは?

(1)退職代行業者の利用と主体

憲法上、労働者には退職の自由(憲法22条1項)が認められているので、労働者が会社を退職することは自由で、退職はその自由意思に任されています。

しかし、現実には退職の意向を示すと会社から強引に引き止められたり、脅しを受けたり、退職日を指定されたり、引継ぎを強要されたり、自由に退職できないこともあります。昨今の人材不足の状況から、会社側からあらゆる手段で退職をしつこく引き留められるという話をしばしば耳にします。

そのような状況からは、自ら退職の意思表示をすることが難しいとして、退職代行業者を利用する労働者が出てきます。

退職代行を行う者としては、①一般的に退職代行業者と言われている民間事業者、②弁護士、③労働組合が考えられます。

それでは、退職代行業者により退職の意思表示が行われた場合、会社は、退職扱いとしてもよいのでしょうか。

(2)退職代行の可否

まず、退職代行行為を行う者が、②弁護士の場合、弁護士は、当然代理人として交渉することはできますし、③労働組合の場合も、労組法に基づき労働条件に関して交渉することが可能です。②、③の場合は、本人の代理であることが確認できれば、そのまま交渉して問題ありません。

①それ以外の民間事業者は、弁護士法72条では弁護士以外の者が報酬を得る目的で法律事務を扱うこと、すなわち本件の場合では、交渉権限をもらって代理人として交渉することは、非弁行為として禁止されています(弁護士法72条、77条)。したがって、退職代行業者が、退職の意思を伝える以上に権利行使、たとえば、退職日その他退職条件の交渉、未払残業代の請求、有休の行使、損害賠償請求等をすることの代理はできません。

もっとも、民間事業者が、従業員の代わりに、「使者」として、退職の意思を退職の意思のみ伝えることは可能とされています。「使者」とは、本人が決定している意思を相手方に表示し、または完成済みの意思表示を伝達する者をいいます。代理の場合、代理人に意思決定の自由があるのに対し、使者の場合は使者に意思決定の自由はなく、単に本人の決定した意思を伝えるだけという点に大きな違いがあります。

そうすると、退職代行業者が代理人ではなく使者である場合、すなわち、退職するという本人の意思を伝えるだけである場合、法律事務には当たらないため、非弁行為にならず、民間事業者でも退職代行をできると考えられます。退職代行業者の提供するサービスが使者の範囲内である場合には、非弁行為には該当せず、合法と考えられています。

他方、退職代行会社が労働条件の交渉等の「代理」をすれば、非弁行為にあたることになります。したがって、たとえば、退職代行会社が本人に代わって会社と何らかの交渉を行うようなことはできません。

2 退職代行へ会社側が取るべき対応

(1)本人の意思確認

退職代行業者からの従業員の退職の意思の通知は、書面や電話、メールなどで行われています。いきなり連絡があって、慌ててそのまま言い分を信じて対応することには慎重になる必要があります。

連絡があったら、まずは、従業員本人の委任があって、本人の真意であることを確認する必要があります。第三者が嫌がらせの目的で退職代行を使っている場合や、退職代行を装い従業員の個人情報を引き出し悪用する目的である可能性が考えられるからです。

本人の委任があるか確認する方法としては、まずは、退職代行業者に対して、依頼したことを証明する資料を提出するように求めます。具体的には、本人の自署・押印のある委任状(印鑑証明書があればなおよい)や身分証明書の写しの提出を求めます。

併せて、本人への直接の意思確認に努めます。

もっとも、退職代行業者を使っている時点で、従業員本人が電話やメールでの確認に応じる可能性は低く、この手続きをも踏んだうえで、その他事情も踏まえ、当該退職代行業者が、従業員本人から本当に依頼を受けているか否か、会社として判断すべきです。退職代行業者を通して、または通さずに、直接本人に会社所定の退職届の提出を打診する方法もあります。

いずれにしても、退職代行業者を使っている以上、会社からの連絡は、本人が嫌がる、拒否する可能性が高いことから、仮に本人と連絡が取れない場合でも、退職代行業者を通した本人の退職の意思表示、もしくは退職届の到達から、2週間をもって退職の効力が生じることになります(民法627条1項)。なお、退職の意思表示を受領した証として、退職届の受理承認書、受理の旨のメールを送付すれば、双方安心できますし、今後トラブルがあった際の証拠になります。

(2)退職確定後の扱い(退職日・貸与品返還等)

退職日が決まったら、退職までの期間をどのように扱うかを検討します。無期雇用の場合、退職の申し出から2週間が経過するまでは引き続き従業員の地位にあるため、仕事させることが可能です。

しかし、退職代行サービスを利用している以上は、現実的に出勤が難しいと考えられます。そのため、当該不出勤は、年次有給休暇や欠勤として取り扱うケースが多いのが実情です。

会社が貸与したパソコン、携帯電話、鍵、制服、名刺などの貸与品の返還については、本人ないし退職代行業者を通して伝え、期限までに送付するよう依頼します。会社内に退職する従業員の私物がある場合には、本人が取りに来ることは難しいでしょうから通常配送で返却します。

(3)権利主張への対応

退職代行業者による退職の意思表示の代行以外の有休消化、退職日の相談、損害賠償請求、残業代請求等の権利主張、法的交渉には、非弁行為であり、違法行為であるので、そのまま会社は応じる必要はありません。

会社がとるべき手段としては、①直接もしくは代理人弁護士から連絡するように伝える、②正式な退職の意思があるか不明と判断し、欠勤扱い自然退職条項の適用等で退職にする方法となります。

3 引継ぎ未了の場合の損害賠償請求の可否

(1)損害賠償請求の可否

従業員の一方的な退職で、仕事の途中放棄で、引継ぎもできず、会社の業務に支障が出て、業績が悪化すると、会社が当該従業員に対し、損害賠償請求を行うことが検討されます。

しかし、引継ぎを一切行わなかった場合には、損害賠償請求が認められる可能性はありますが、立証は容易ではなく、また、使用者が満足できる金額を回収できる可能性は低く、実務上は、こうした退職者を出さないよう事前に防止策を講じることの方が重要です。

(2)労働者の退職の自由

労働者には、退職の自由(憲法22条1項)があるので、例えば、退職について使用者の許可を必要とするような就業規則の規定は無効となります。 

そこで、どのようにして退職予定の労働者に対して引継ぎを行わせるのかが問題となってきます。

退職後の業務遂行に支障をきたすことを防ぐためには、可能な範囲で引き継ぎを依頼する必要があります。特に、退職する従業員が1人で担当していた業務などは、突然抜けられてしまうと業務に大きな影響が出てしまうため、慎重な対応が求められます。

どうしても出社させるのが難しい場合には、資料やデータの保管場所、分類方法、顧客との連絡方法を教えてもらうなどの方法で、少しでも影響を抑えることが大切です。

退職代行業者が間にいるような状況ですと、話すらできないことも考えられ、どうしても連絡が取れない場合には、会社としては引継ぎしてもらうことは諦めるしかありません。そのようにならないよう、日ごろから複数人で進捗を管理できるようなシステム作りが必要となってきます。

(3)会社からの損害賠償請求が可能なケースとは?

ア 一切の引継ぎをしない場合

まず、退職するにあたっての引継ぎは、信義則上の義務であるとされていますので、労働者は、退職するに当たり、誠実に引き継ぎをする必要があるといえます。したがって、労働者が、引継ぎ自体を一切せずに退職すれば、使用者は、この労働者に対して、損害賠償を請求できる可能性があります。

ここで、使用者としては、期待し得る完璧な引継ぎを求めたいところですが、現実的にはそこまでのものは実現不可能と考えられます。そのため、誠実に、必要な範囲で引継ぎが行われれば、労働者に責任を問うことはできないといえます。

また、引継ぎが一切なされなかった場合、労働者の義務違反を問うことができるとしても、引継ぎ未了と損害との間の因果関係については、使用者が立証しなければならず、それには困難が伴います。さらに、「労働者のみに責任がある損害額”はどの程度か」の算定や、その立証も難しく、会社が希望する金額を全額請求するというのは現実的にはかなり難しいといえます(入社直後の突然退職による損害賠償を一部認めたとされるケイズインターナショナル事件・東京地判平成4・9・30労判616号10頁があります)

イ 不十分な引継ぎの場合 

一方、労働者が、不十分な引継ぎしかしない場合はどうでしょうか。①一応、引き継ぎは行われていること、②「不十分」の定義が不明確であること、また、③不十分というなら、使用者は、退職日の先延ばしを依頼するなど、本人に何らかのお願いをしたり、対策を講じたりする余地があり、使用者にも責任があると考えられること―等から、「不十分」の程度・態様があまりにも悪質でない限り、損害賠償請求は認められ難いといえるでしょう。

(4)対応策

会社側からの再三の求めに応じず、この労働者が一切の引継ぎを行わないとすれば、就業規則に引継ぎ義務が明記されている以上、契約の内容となっている引継ぎ義務違反や信義則上の義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求や、故意に引継ぎを行わず、損害を発生させたことによる不法行為に基づく損害賠償請求が可能と思われます。

もっとも、この労働者が引継ぎ行わないことが予測できた時点で、会社として何らかの対策を立てることもできること、引継ぎ不足による損害発生は、会社の仕組み、経営上の問題も原因にあるといえ、労働者のみの責任とはいい切れないこと等、因果関係、損害の立証、過失相殺の観点から、損害賠償請求が認められたとしても、「会社の事業運営に支障を来した」として、会社が希望する賠償額の全額を回収するのは難しいといえるでしょう。

より現実的な対応としては、「引継ぎを行わず退職する」労働者を出さないよう、事前策を講じることが望ましいといえます。そこで、どのような措置が考えられるか、以下、検討することにします。

①退職予告の期間の伸長

まず、退職届の提出日について、就業規則に「退職の30日前までに退職届の提出を要す」旨を規定し、退職予告期間を伸長し、その間、引き継ぎを行わせることが考えられます。

しかし、この場合でも、使用者は「労働者がこのルールを守らないので、退職を認めない」とすることはできず、通常どおり、労働者の解約の申入れの日から2週間が経過すれば、退職の効力が発生する(期間の定めのない雇用契約の場合。民法627条1項)点に留意する必要があります。

②退職前の年休申請に対する時季変更権の行使

次に、退職に当たって、この労働者が引き継ぎを行うことなく、未消化の年休の取得申請をしてきた場合、使用者は、「事業の正常な運営を妨げる」として、取得の時季を変更して引継ぎを行わせることが考えられます(労基法39条5項但書き)。

しかし、そもそも退職日を越えた時期変更はできませんし、また、客観的にみて「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらなければ、年休使用の申請を拒否できません。そして、通常の場合、1人が引継ぎなく退職しても「事業の正常な運営を妨げる」という状況は生じないことがほとんどですので、年休使用を拒否できる場合は、極めて限られてきます。

このような場合、あとは、使用者と労働者の話し合いにならざるを得ず、労働者の理解のもと、合意により退職日を先に延ばすなどしたうえで対処することになるといえるでしょう。

③ 退職金不支給規定

労働者が「引継ぎ業務をしなかった場合、退職金の一部又は全部を支給しない」などの規定を、就業規則・賃金規定などで明定していれば、その違反の程度に応じ、こうした退職金の減額・没収、その他の懲戒処分のあり得ることを警告して引継ぎ業務を促すことは可能です(退職申出後2週間正常に勤務しなかった場合には退職金は支給しないことが認められた大宝タクシー事件・大阪高判昭和58・4・12労判413号72頁参照)。

もっとも、その場合でも、引継ぎ自体の強制はできません。また、労働者に対する“不意打ち”防止のためにも、減額や不支給事由については、具体的な記載をしておくことが必要です。そもそも、退職金の「賃金後払い的性格」からは、引継ぎをしなかったことのみで、これを全額(場合によっては一部)不支給とすることは困難です。仮に減額が認められるにしても、その幅については、引継ぎ義務違反の重大性と、これまでの功労とのバランスで検討されることになるでしょう。 

以上のとおり、就業規則等における引き継ぎ規定の整備はもちろん、それを労働者に周知するとともに、日常的に労働者との間で信頼関係を結び、引き継ぎが円滑になされるように環境を整えておくことが重要となるといえるでしょう。

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(5)退職代行が利用された場合の社内環境

退職代行を利用するということは、会社に対し直接退職することを言いづらかったということです。本人の性格にもよるのですが、本人の気持ちを十分に汲めなかった場面がないのか、再確認し、パワハラやセクハラ、過重労働、残業代の未払い、不公正な評価などはなかったか確認すべきです。また、これをきかっけに、退職しない者について、現在の職場の環境、法令遵守状況を要確認し、紛争リスクの把握、軽減に努める必要があります。

本人に聞くよりも、退職代行業者を利用する場合、本人の本音が退職代行業者経由で聞ける可能性があります。

いずれにしても、退職代行を利用した時点で、以降引継ぎを依頼するのは難しい可能性が高いです。

さらに、退職代行業者を利用した退職する従業員への手続き等が済んだら、社内へのフォローも忘れずに行うことが大切です。まずは、退職によって生じた欠員をカバーするためにも、実質的な業務負担の増加分を検証して、配置転換、新人採用などを行います。

その際、不慣れな業務に取り組むメンバーに対しては、十分なフォローを行い、評価につながる旨などを伝えておくことが重要です。そのうえで、新たな従業員をすぐに募集する旨も伝えるようにしましょう。

また、重要なポジションの従業員が退職する場合には、残った担当者への業務面はもちろん心理面への影響を考える必要があります。特に、業務上の接点や人間関係のつながりがあった従業員については、面談などを通して丁寧にケアを行う必要があります。会社としては、慎重に対応し、二度と同様のことが起こらないように心がける必要があります。

退職代行について当事務所でサポートできること

当事務所は、退職代行サービスを利用して退職の申し出を受けた会社様のサポートをこれまでも多数行って参りました。退職代行業者への対応を状況に応じて、具体的にその時点で、何をすべきか、経験をもとに具体的にアドバイスすることが可能です。

また、会社側代理人として、退職代行業者や本人とやり取りすることが可能です。

過去の豊富な経験をもとに、早期に円満に退職が成立するように全力を尽くします。

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Last Updated on 2025年5月9日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
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