
文責:松本 貴志
1.医療機関におけるカスハラの現状
1-1.カスハラとは
令和4年2月に厚生労働省が発表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下、カスハラマニュアル)によれば、カスハラは明確に定義づけられないものの、企業の現場においては、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」がカスハラであるとされます。
そして、「顧客等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなると考えられ」るとしています。
“顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合”とは、例えば企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合や、要求の内容が、企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合をいいます。
また、「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な」言動については、次の例がカスハラ該当行為として整理されています。
・要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの:
身体的な攻撃、精神的な攻撃、土下座の要求、性的な言動等
・要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの:
商品交換の要求、金銭補償の要求、謝罪の要求(土下座を除く)
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1-2.医療機関におけるカスハラの具体例
医療機関では、受診することへの不安感や医師への過度な期待から、患者やその家族からのカスハラが頻発します。医療機関で発生するカスハラには、以下のような具体例があります。
・暴言・暴力:診察の順番をめぐって怒鳴る、診察の内容に納得がいかずに暴言を吐く。
・執拗な要求:医師の診断に納得せず、不要な検査や処置を強要する。
・診察時間外の対応強要:診療時間外の診察を過度に要求する。
・セクハラ:入院中の患者が看護師等に身体的な接触や性的な言動を行う。
・不当なクレームや謝罪要求:医療ミスを決めつけられ、謝罪を求める、無料での治療を要求する。土下座を求める。
・SNSや口コミサイトでの誹謗中傷:医師の診察や事務局の対応に不満を持ち、病院の評判を落とすような投稿を行う。
2. カスハラによって発生する医療機関の損失
2-1.従業員がメンタルヘルス不調に陥るリスク及び離職率の増加
医療機関の従業員は、日常的に患者やその家族への対応を行っているため、カスハラが頻発すると精神的な負担が大きくなります。
このような場合に、医療機関が組織的に従業員を守るための適切な対応策を講じなければ、仕事へのモチベーションが低下するだけでなく、従業員自身がメンタルヘルス不調に陥るリスクもあります。
医療機関は、その従業員に対して安全配慮義務を負っているため、カスハラへの組織的な対応を怠ったために従業員がメンタルヘルス不調に陥った場合には、従業員からその責任を問われ、安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務を負う可能性もあります。
例えば、医療法人社団こうかん会(日本鋼管病院)事件(東京地判平25.2.19)は、病院内で業務中に入院患者から暴力を受けて、頭椎捻挫、左上肢拘縮の障害を負い、後遺症が残るとともに、適応障害を発症した看護師が、病院に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求した事案において、裁判所は、患者から暴力行為により看護師が負傷した点について、病院は「看護師が患者からこのような暴行意を受け、傷害を負うことについて予見可能であった」、「看護師の身体に危害が及ぶことを回避すべく最善を尽くすべき義務があった」などと述べた上で、病院の安全配慮義務違反を認めました。
このように、患者から従業員に対するカスハラを放置し、組織的な対応を怠った場合には、従業員に対する安全配慮義務違反が認められてしまう可能性があります。
また、医療機関がカスハラへの適切な対応を怠れば、従業員の精神的な負担が積み重なって離職率が増加し、優秀な人材を失うリスクもあります。
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2-2. 業務効率の低下や訴訟リスク
カスハラへの対応について事前の準備をしていない場合、カスハラへの対応に時間が取られることで他の患者の診療が遅れ、その遅れが原因でさらなるクレームを受け、その対応に追われるという悪循環に陥る可能性があります。
また、カスハラへの対応を誤ると、患者やその家族から訴訟提起されることもあります。訴訟提起されれば、訴訟対応には弁護士費用等のコストがかかるだけでなく、その対応が長期間に渡り、担当者が疲弊するおそれがあります。
3. 医療機関でカスハラされた際の対応
医療機関で患者からクレームを受けた場合には、以下のような対応をとる必要があります。
まず、医療機関としては、患者のクレームや要求内容について、5W1Hを抑えてしっかりと聴取した上で、事実関係を確認する必要があります。
この点、患者への対応にあたっては、個々の従業員の心理的負担の減少のためにも、複数人で対応することを原則とすべきです。
また、患者の発言や行動、それに対する医療機関の対応については、詳細に記録し、後のトラブルに備える必要があります。
事実確認の結果として、患者のクレームが不当な場合には、組織として要求内容には応じない旨の回答を出します。その際には、毅然とした態度をとり、安易に謝罪したり不当な要求に応じたりしないようにする必要があります。患者が引き下がることを期待して安易に非を認めてしまえば、患者はかえって態度を増長させ、あるいは言葉尻を捉えられてクレーム内容が拡大する可能性があります。
執拗なクレームに対しては、同一内容の回答を繰り返し行い、膠着状態を作り出すことにより、クレーム対応へのコストを小さくすることが肝要です。回答を出す際には、回答をする従業員個人が患者から恨まれたり、報復を受けたりすることを回避するため、「組織としての回答」であることを明示するべきです。
また、適切な対応をとったにもかかわらずカスハラがエスカレートしたような場合には、民事訴訟や刑事告訴等の法的措置の実施を検討します。
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4. 医療機関でのカスハラ対策
4-1. 研修の実施
カスハラへの事前準備としては、従業員に対してクレーム対応研修を行って、クレーム対応能力を向上させておくことが有効です。
研修においては、カスハラに対応する際の初期対応、基本的な姿勢について教えるとともに、医療機関で過去に起こったカスハラ事例を用いて、従業員に個々の事例における適切な対応を自分で考えさせるような内容が望ましいです。
カスハラ対応に悩んだ際の相談先などについても共有しておきましょう。
4-2. カスハラマニュアルの作成
病院全体で統一した対応ができるよう、カスハラ対応マニュアルを作成することも有効です。
マニュアルにおいては、正当なクレームか不当なクレームかの判断基準や、カスハラをする患者等に対してどのような対応をとるべきかについて明記します。
4-3. 情報共有
また、患者等からカスハラを受けた場合には、医療機関内において、情報共有をしておくことが肝要です。
なぜなら、情報共有を行っていないと、その後同様の事案が発生した場合に、過去の対応との間で齟齬が生じてしまう可能性があるからです。
齟齬が生じてしまった場合には、カスハラ患者は、その齟齬につけこみ、さらなる過大な要求や謝罪を求めてくる可能性があります。
医療機関内で共有しておくべき情報としては、不当要求日時、要求手段・態様、対応した従業員、要求内容、医療機関の回答や対応の内容等です。
5.カスハラ対応における当事務所のサポート内容
患者やその家族からカスハラを受けた場合には、上記でお示ししたような適切な対応をとることにより解決することもありますが、一方で、カスハラがエスカレートし、法的な対応をとらざるを得ないケースもあります。
また、いくら事前に対策をとっていたとしても、過去に例がなく、想定もしていないようなカスハラを受けることもあります。
このようなケースでは、カスハラ対応について経験豊富な弁護士に相談することで、適切に対応するためのアドバイスを受けることができます。
当事務所には、労働問題やカスハラ対応について経験豊富な弁護士が多数在籍しておりますので、カスハラ対応にお困りの際には、当事務所に是非ご相談ください。
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Last Updated on 2025年4月14日 by loi_wp_admin