【弁護士が解説】【令和6年4月26日判決】職種限定合意を認め配転命令を無効とした最高裁判例について弁護士が解説!~判断に迷う配転の法的留意点を弁護士が解説!

【弁護士が解説】【令和6年4月26日判決】職種限定合意を認め配転命令を無効とした最高裁判例について弁護士が解説!~判断に迷う配転の法的留意点を弁護士が解説!

文責:岩出 誠

概要

勤務する職種を限定する労使合意があった場合に、企業が労働者を職種変更をする配置転換できるか否かが争われ、企業による一方的な配置転換は無効との判断を示した滋賀県社会福祉協議会事件・最三小判令6・4・26労判1308号5頁(以下、「本件最判」という)が示されました。 そこで、本件最判を踏まえて、①本件最判が従前の裁判例に比べて緩やかに「黙示の職種限定合意」を許容したと解釈できる判例として企業の実務に与える影響や、②従業員の職務を明確に定めた「ジョブ型雇用」が増える中、企業が採り得る労働者への明示内容、③限定職種が消滅した場合の配転拒否への整理解雇、③休職からの復職可否の判断など、職種限定された労働者の雇用管理のあり方において、企業の実務担当者として今後把握しておくべきポイントについて解説します。

なお、本件最判は、第一審・京都地判令4・4・27労判1308号16頁。(以下、「本件地判」という)、第2審・大阪高判令4・11・24労判1308号20頁。(以下、「本件高判」という)まで研究者や実務家の間でも注目されていなかった中で、突如として、上記判断を加えたもので、従前の裁判例の動向とは大きく異なっている面と、流れを受けた面もあり、注目されます。

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1 本件の事案の概要

本件は、Y(被上告人滋賀県社会福祉協議会)に雇用されていたXが、Yから、職種及び業務内容の変更を伴う配置転換命令を受けたため、同命令はXとYとの間でされたXの職種等を限定する旨の合意に反するなどとして、Yに対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求(以下「本件損害賠償請求」という。)等をした事案です。

本件最判が整理した本件高判までの事実認定によれば、公の施設である滋賀県立長寿社会福祉センターの一部である滋賀県福祉用具センター(以下、単に「福祉用具センター」という。)においては、福祉用具について、その展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を行うものとされており、福祉用具センターが開設されてから平成15年3月までは財団法人滋賀県レイカディア振興財団が、同年4月以降は上記財団法人の権利義務を承継したYが、指定管理者等として上記業務を行っていました。Xは、平成13年3月、上記財団法人に、福祉用具センターにおける上記の改造及び製作並びに技術の開発(以下、併せて「本件業務」という。)に係る技術職として雇用されて以降、上記技術職として勤務していました。XとYとの間には、Xの職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意(以下「本件合意」という。)があったとされました(注目すべきは、本件地判・本件高判の事実認定によれば、明確に、「黙示の職種限定合意があった」と判示していますが、最高裁では、「黙示の」との記述は除かれています)。

Yは、Xに対し、その同意を得ることなく、平成31年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じました(以下、この命令を「本件配転命令」という。)。

2 本件地判・本件高判の判断

本件地判・本件高判は、共に、解雇を回避するために異動を命じたのであり,異動の必要性を認め,甘受できない不利益があるとはいえず、配置転換命令権の濫用に当たらず、本件異動命令は適法と判断しました。

3 本件最判の判断

本件最判では、以下のように判示し、本件高判を覆し、本件異動命令を無効とし、不法行為の成否につき審理を尽くさせるため原審に差し戻しました。

「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、XとYとの間にはXの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Yは、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。

そうすると、被上告人が上告人に対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、被上告人が本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」

そこで、「本件配転命令について不法行為を構成すると認めるに足りる事情の有無や、YがXの配置転換に関しXに対して負う雇用契約上の債務の内容及びその不履行の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。」

4 従前の裁判例・判例の動向

(1)配転義務を緩やかに認めてきた従前の判例

企業にとって経営組織を効率的に動かし、多様な能力と経験をもった人材を育成するためにも、従業員の配置の変更を勤務地等の変更を伴っても、実施する配転が必要で、この配転を命じる使用者の権能を配転命令権と言います。判例は、労働協約および就業規則に会社は業務上の都合により配転を命ずることができる旨の規定があり、実際にもそれらの規定に従い配転が頻繁に行われ、採用時勤務場所・職種等を限定する合意がなされなかったという事情の下においては、会社は労働者の個別的同意なしに配転を命ずることができる、としています(東亜ペイント事件・最二小判昭61・7・14労判477号6頁。以下「東亜ペイント事件最判」という)。

(2)職種限定合意の存否

(ア)職種限定合意の困難

従事したい業務への転換義務の存否判断意に当たっては、先ず、採用の際の「職種限定合意の存否」が問われます(詳細は岩出誠「労働法実務大系」第2版〔民事法研究会〕<以下,「岩出・大系」という>系297頁以下参照)。

しかし、裁判例の多くは、容易にはこの合意を認めていません。たとえば、トラック運転業務従事者につき、「トラック運転手」としての求人募集広告は労働契約締結の意思表示ではなく、契約申込の誘引であり、会社の労働契約締結の意思表示は、就業規則に示された内容によっていたというべきで、職種限定の明示または黙示の合意があったとはいえないとして、トラック運転手に対する分荷作業への配転命令が認められています(協同商事(懲戒解雇)事件・さいたま地川越支判平19・6・28労判944号5頁等)。コロプラスト事件・東京地判平24・11・27労判1063号87頁では、就業規則に異動規定がある中で、会社と労働者の雇用契約は、長期間の雇用関係を予定した正社員としての契約で、職種や勤務場所について限定する旨明確に合意した形跡が認められず、労働者の職種が、通常の事務職であって格別特殊な技能や資格を要するわけではないなどの事情に照らすと雇用契約が他業種、他の勤務場所への配転を排除するような職種限定・勤務地限定の雇用契約であると認めることはできない、とされています。

(イ)専門職等で職種限定合意が認められる場合

しかし、採用時の労働契約・労働協約および就業規則等により、あるいは、労働契約の展開過程で職種等を限定する明確な合意が認められれば、原則として、異職種への配転には労働者の承諾が必要となります。医師、弁護士、公認会計士等の専門職、看護師、ボイラーマンなどの特殊な技術・技能・資格を有する者などには明示若しくは黙示により職種の限定があると見るのが通常の理解でしょう。最近の医師の例では、地方独立行政法人岡山市立総合医療センター(抗告)事件・・広島高岡山支決平31・1・10労判1201号5頁や地方独立行政法人市立東大阪医療センター(仮処分)事件・大阪地決令4・11・10労判1283号27頁等が出ています。

しかし、この世界でも、今までは、配転の範囲が拡大されていました(特殊技能者であっても、長期雇用を前提としての採用の場合、当分の間は職種がそれに限定されているが、相当な期間経過後、一定年齢に達した時点以降は他の職種に配転されるとの合意が成立していた、と解されるとした九州朝日放送事件・最一小判平10・9・10労判757号20頁や、職種限定契約が肯定される場合でも、他職種へ職種変更することにつき、採用経緯、当該職種の内容、使用者における職種変更の必要性の有無および程度、変更後の業務内容の相当性、他職種への配転を命じる正当な理由(正当性)があるとの特段の事情がある場合にはこれが認められるとした東京海上日動火災保険(RA制度廃止訴訟)事件・東京地判平19・3・26労判941号33頁もあります)。

(ウ)異なる職系統の範囲外への配転への制限

他方、厳密な職種の概念が定義されていない職場でも、職種の範囲を、事務職系統の範囲内に限定し、それを超えた現場・労務職業務系統への配転は無効とされることもあります(ヤマトセキュリティー事件・大阪地決平9・6・10労判720号55頁〈語学を必要とする社長秘書業務を含む事務系業務の社員から警備業務への職種変更の配転命令が無効〉、直源会相模原南病院事件・東京高判平10・12・10労判761号118頁〈病院のケースワーカー、事務職員のナースヘルパーへの配転命令が系統を異にする職種への配転で無効〉)。

同様に、一定の期間の職種限定や一定の移動範囲の限定が認められる場合も示されていました(ブラルタ生命(旧エジソン生命)事件・名古屋高判平29・3・9労判1159号16頁<少なくとも固定給の保証された入社後2年程度の間は、職種はSPL(ソルーションプロバイダーリーダー)に限定>等)。

(エ)資格・能力・経験を活かせない業務への配転への制限

同様な制限として、職種限定合意を否定したうえで、資格・能力・経験を活かせない業務への配転命令が権利濫用とされた裁判例が出ています。

エルメスジャポン事件・東京地判平22・2・8労経速2067号21頁では、「本件配転命令は,業務上の必要性が高くないにもかかわらず,被告において情報システム専門職としてのキャリアを形成していくという原告の期待に配慮せず,その理解を求める等の実質的な手続を履践することもないまま,その技術や経験をおよそ活かすことのできない,労務的な側面をかなり有する業務を担当する銀座店ストックに漫然と配転したもの」で「配転命令権を濫用するものと解すべき特段の事情があると評価せざるを得ないから,無効」と判断しました。

学校法人原田学園(配転処分無効確認等請求)事件・岡山地判平29.3.28労判1163号5頁では、配転命令は准教授の研究発表の自由,教授・指導の機会を完全に奪うもので,しかも以後准教授には永続的に授業を担当させないことを前提とするものであるから,准教授に著しい不利益を与えるもので,客観的に合理的と認められる理由を欠くといわざるを得ず,権利の濫用であり無効としました。

特に、最近注目されているのが、安藤運輸事件・名古屋高判令3.・1・20労判1240号5頁で、「本件配転命令は,業務上の必要性が高くないにもかかわらず,使用者において,運行管理者の資格を活かし,運行管理業務や配車業務に当たっていくことができるとす社員の期待に配慮せず,その能力・経験を活かすことのできない業務に漫然と配転したものであり,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといわざるを得ない。これによれば,本件配転命令は,権利の濫用に当たり無効と評価するのが相当である。」と判示しました。

5 本件最判の意義と実務的留意点

(1)職種限定合意の緩やかな認定

以上の4(2)(ア)~(エ)の裁判例の推移やジョブ型雇用の拡大をも見据えたものと推察され、職種限定合意を認めて配転命令無効としたのが本件最判です。

特に、職種限定に親和的な上記4(2)(ウ)異なる職系統の範囲外への配転への制限や同(エ)資格・能力・経験を活かせない業務への配転への制限の裁判例の動きを一挙にギアを上げて、職種限定合意認定を緩和した感があります。

注目すべきは、本件最判の判旨では、この事件の職種は、医師などの専門職ではなく、福祉用具センターにおける福祉用具について、その展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務上記の改造及び製作並びに技術の開発に係る技術職でした。この点で、本件最判の射程が広いものと解されます。また。従前の裁判例の判断よりはゆるやかに職種限定合意を認めているように見受けられます。

しかも、前述のように本件地判・本件高判で認定された「黙示の職種限定合意」ではなく、端的に、「職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意」を認めている点は、注目です。前述の職種限定合意認定の困難の中で紹介したような「職種や勤務場所について限定する旨明確に合意した形跡」(コロプラスト事件・東京地判平24・11・27労判1063号87頁)もない中で職種限定合意を認めた点でも画期的です。

(2)職種限定合意下での同意に基づく配転

 なお、本件最判では、同意なしの異職種への配転命令が問題とされたもので、西日本鉄道事件・福岡高判平27・1・15労判1115号23頁では、バス運転士として採用時から職種が限定を認めたうえで、合意による職種変更は有効とされています。

 ただし、職種限定合意を認めた上での同意による、職種変更を招く配転の場合の同意については、最近の裁判例の流れを踏まえると、真摯な自由な意思によるものか否かが問われることになることに留意すべきです(山梨県民信用組合事件・最二小判平28・2・19労判1136号6頁)。

(3)労働条件明示義務への留意点 

2023年の労基則改正により、2024年4月1日から施行されている労働条件明示義務の範囲の拡大の一環として、就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲(労基則5条第1項第1号の3)が明示対象になっています。そこで、職種限定合意を主張されたり、黙示の職種限定合意の認定を回避したい場合には、業務内容の変更範囲として、「当社業務全般」とし、かつ、就業規則にも勤務地や職種限定なく。あらゆる業務への異動がある旨を明記しておくべきです(「就業の場所及び従事すべき業務」とは、労働者が通常就業することが想定されている就業の場所及び労働者が通常従事することが想定されている業務をいい、配置転換及が命じられた場合の当該配置転換先の業務が含まれます。「変更の範囲」とは、今後の見込みも含め、当該労働契約の期間中における就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲をいいます)。

本件地判、本件高判の判決文を見ても、上記のような就業規則が定められていなかったようで、定められていれば、結論が変わった可能性が残ります。もし、そうであれば、上記とは、逆に、職種限定合意の認定は狭まり、本件最判の射程が狭いものと解され得ます。

なお、職種限定合意あるとされた場合への備えとしては、当該職種が消滅した場合には、職種に親和性のある異職種への変更があり得る定めを置くか、解雇となる旨を明記すべきでしょう。ただし、その解雇の手順等については(4)の(ウ)で後述します。

(4)私傷病休職の復職可否の判断への留意点

本件最判のように、緩和された判断要素で職種限定合意が認められる場合、私傷病休職の復職可否の判断にも大きな影響が与えられることに留意する必要があります。

なぜなら、従前の裁判例における私傷病休職の復職可否の判断に当たっては(裁判例の紹介は岩出・大系326頁以下参照)、片山組事件・最一小判平10・4・9労判736号15頁の「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。」との判示を踏まえた、就労可能先の探索が義務付けられていたからです(典型例の第一興商(地位確認等請求)事件・東京地判平24・12・25労判1068号5頁は、復職可能性の立証責任自体は労働者にあることは認めつつ、復職対応業務との観点から、上記片山組最高裁判決の判旨を踏まえ、「当該企業における労働者の配置、異動の実情及び難易といった内部の事情についてまで、労働者が立証し尽くすのは現実問題として困難で……、当該労働者において、配置される可能性がある業務について労務の提供をすることができることの立証がなされれば、休職事由が消滅したことについて事実上の推定が働くというべきであり、これに対し、使用者が、当該労働者を配置できる現実的可能性がある業務が存在しないことについて反証を挙げない限り、休職事由の消滅が推認されると解するのが相当である」と判示しています)。

上記片山組最高裁判決の判旨中の「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては」の限定は、職種限定合意が認定される場合には、片山組最高裁判決の射程に入らず(既に、休業手当に関する事案ですが、神奈川都市交通事件・最一小判平20・1・24労判953号5頁は、就業規則の定めに従い会社指定医による治癒の診断を受けて試乗勤務を経た後まで、タクシー乗務への復職を認めなかったことには正当な理由があり、この間、職種をタクシー乗務員として採用された者からの事務職としての就労申入れを受け入れるべき義務があったとはいえないから、休業は、使用者の責に帰すべき事由によるものではなく、休業手当請求にも理由がないとされています)、同限定合意された職種への復職が困難なままに休職期間が満了すれば、他の職種での就労の意思と能力があったとしても、その可否を検討することを要せず、自然退職となることに留意すべきです。

(4)限定合意職種消滅の場合の整理解雇の成否

職種限定合意ある場合には、当該職種の消滅や減少の場合には、法理論的には、整理解雇が認めら易くなることになりますが、現実の裁判例では、以下に紹介するように、整理解雇制限法理の趣旨を踏まえて、整理解雇を直ちに認めることはなく、職種変更の提案や希望退職の募集などの一定の解雇回避努力義務や説明義務の履行などが求められています。

(ア)整理解雇有効例

シンガポール・デベロップメント銀行事件・大阪地判平12・6・23労判786号16頁では、支店を閉鎖したからといって、就業場所が支店に限定されていた労働者を直ちに解雇することができるわけではないが、東京支店の規模が小さく、また、専門的な知識や高度な能力を必要とするポストなので、東京支店で希望退職を募集せずに、大阪支店の労働者を解雇したことは不当ではない、また、被告は、団体交渉で原告及び組合に対して、被告の負担による転職支援サービスの提供を含む希望退職パッケージを提案し、割増退職金の支給を提案する等していたので、解雇回避努力を欠いたとはいえないし、転勤ができなければ大阪支店の労働者が解雇の対象となることはやむをえないとされました。

マイラン製薬事件・東京地判平30・10・31労経速2373号24頁では、被告の人員削減の必要性は、財務状況の悪化によるものではなく、MRの業務が存在しないことによるものであるから、被解雇者の人数の多寡によって人員削減の必要性は左右されない。また、本件解除合意に至った具体的理由については、守秘義務の対象とされており、親会社間の慎重な協議・検討を踏まえた高度な経営判断によるものであることが推認され、本件解除合意に関する経営施策上の必要性自体は否定することができない、原告が一貫してMRの業務に従事していたこと、被告において社内公募制が採用されており、異なる部署間の異動が予定されていないこと、職務等級制における月額賃金がMRの資格保有の有無により顕著な差が生じていること、MRの資格やキャリアに見合った役職や業務は見当たらないことから、他職種への配転は極めて困難であった。被告は、こうした人事制度の仕組みや配転が困難であるという制約の枠内で、関連会社Ⅹ2への出向先確保(選定の結果MR38名が出向)、社内公募の案内、配転や出向の検討等なし得る限りの有意な解雇回避措置を複数採っているということができる。しかし、原告は、解雇回避措置を真撃に検討せず、被告からの協議申入れに取り合わなかったのであって、原告の協力が得られない以上、被告がこれ以上の解雇回避措置を採ることも困難であるから、被告は解雇回避努力を尽くしたとみることができる。出向解消当時、被告内のMRの業務が消滅していたことから、余剰人員となってしまったMR全員を一律に雇用契約解消の対象とすることは合理性を首肯できる。原告は、Ⅹ2への出向者選定から除外されているが、出向者選定基準(Ⅹ3出向期間中の平均成績が3.67以上であること等)は、1人でも多くⅩ2への出向を実現するために、Ⅹ2が求める優秀な人材を選抜する必要があったことから合理性を肯認することができる。被告は、本件解雇に先立って、全体ミーティング、電子メール、書面による連絡を通じて、本件業務提携契約の内容、本件解除合意に至った経緯、判断過程の要旨、MR業務の消滅、本件解除合意の内容、Ⅹ2への出向に関する本件選定基準や選定の判断過程、退職パッケージの内容、社内公募の案内等について、自らの了知し得る情報について可能な範囲で繰り返し説明した上で、今後の原告の処遇について相談にも乗っており、更なる協議も試みているのであって、十分な説明や協議を尽くしているといえ、手続の相当性を肯認することができるなどとして、解雇有効とされました。

近時の例を挙げると、大阪市北区医師会事件・大阪地判令2・9・10労ジャ106号34頁では、介護福祉士の能力不足を理由とする解雇は無効であるが、訪問介護事業を廃止に伴う介護福祉士全員の整理解雇は職種限定契約で配転等による解雇回避義務なく有効とされました。

ユナイテッド・エアーラインズ(旧コンチネンタル・ミクロネシア)事件・東京高判令3・12・22労判1261号37頁では、解雇回避措置について、CMIは、FAとしての年収水準を維持した上での地上職への配置転換や早期退職に伴う特別退職金の支払など、解雇による不利益を相当程度緩和するものとして、可能な限りの措置を講じていたものということができ、さらに、被解雇者選定については、成田ベースの閉鎖が前提となる以上、成田ベース所属のFAの全員が解雇の対象者となるところ、地上職への配置転換又は早期退職に応じた者以外の者全員が解雇されているから、選定の合理性も認められ、加えて、CMIは、複数回にわたる団体交渉を通じて、組合に対し、成田ベース閉鎖に至る経緯やその必要性を説明するとともに、地上職への配置転換又は早期退職を提案してその条件提示を行ってきたのであり、手続面においても問題は認められないから、本件解雇を無効であると認めることはできないとされました。

(イ)整理解雇無効例

現実には解雇無効例も少なくなく、学校法人大乗淑徳学園(大学教授ら・解雇)事件・東京地判令元・5・23労判1202号21頁では、職種限定合意ある典型例と見られる大学教授の学部廃止に伴う整理解雇無効例で、Xらの所属学部および職種が同学部の大学教員に限定されていたか否かにかかわらず、同学部の廃止およびこれに伴う本件解雇についてXらに帰責性がないことに変わりはなく、Y法人の主張するXらの所属学部および職種の限定の有無は、本件解雇の効力を判断する一要素に過ぎないとされ、Y法人が国際コミュニケーション学部の廃止を決定したこと自体を不合理ということはできないものの、Y法人の財務状況が相当に良好であったことや、同学部の廃止と同時期に人文学部の新設が決定されXらの担当可能な授業科目が多数新設されたことによれば、国際コミュニケーション学部の廃止に伴う人員削減の必要性が高度であったとはいえないというべきであり、それにもかかわらず、Y法人は、人文学部への応募の機会を与えず、個別に相談したいなどと述べて、本件各労働契約の存続に期待を持たせる言動に出て、結果的に解雇回避の機会を喪失させたばかりか、Xらを学部に所属させずに他学部の授業科目を担当させるなどの解雇回避努力を尽くすこともなく、Xらに対する説明やXらとの協議を真摯に行うこともしなかったことなどの諸事情を総合考慮すれば、本件解雇は、解雇権を濫用したものであり、社会的相当性を欠くものとして無効であるとされました。

学校法人奈良学園事件・奈良地判令2・7・21労判1231号56頁では、仮に職種限定合意があっても、直ちに整理解雇法理の適用が排除されるわけではないとされ、学部廃止に伴う教員の過員状態の解消という人員削減の必要性自体は認められるものの、原告Xら教員を解雇しなければ被告Y法人が経営破綻するなどの逼迫した財政状態ではなかったため、Xらを解雇する必要性が高かったとはいえないとさ、Y法人はXら教員を他学部に異動させることを検討しておらず、総人件費削減に向けて努力をした形跡もないことからすれば、解雇回避努力が尽くされたとはいえないとされ、Y法人はXらの他学部への異動の可否を検討しないままXらを整理解雇の対象者に選定しており、人選の合理性を肯定することは困難であるとされ、Y法人は本件組合等との間で多数回の団交に応じているものの、希望退職の募集と解雇対象者の事務職等への配転を検討するのみであり、協議が十分に尽くされたといい得るかは疑問が残るとされ、4名の解雇については、整理解雇法理の4要素を総合考慮しても、労契法16条所定の客観的合理的理由と社会通念上の相当性は肯定されないとされました。

近時の例として、メガカリオン事件・東京地判令2・11・24労ジャ110号40頁では、会社は、本件労働契約において元従業員の職種はEセンター長という特定の地位に限定されているところ、組織改編によってEセンターが廃止され、元従業員がEセンター長としてなすべきマネジメント業務は消滅したから、本件予備的解雇には客観的合理的理由があると主張するが、会社が主張するのは、要は、従来Eセンター長に担当させていたこれらの業務を、生産技術研究部、薬事・臨床開発部などの各部門の部長らに分掌させることにしたというものと解され、会社は、担当する業務内容をEセンターのマネジメント業務等と定めて元従業員を採用しながら、それから半年も経たないうちに、研究開発の機動性と能率を高めるためといった会社側の理由により、一方的に元従業員から業務を取り上げ、解雇をしたものと言わざるを得ず、会社は、このような措置を採らなければならない合理的必要性を具体的に主張・立証しておらず、解雇を回避するための措置を検討した様子も伺われず、元従業員をEセンター長として採用しておきながら、それから半年も経過しないうちにEセンターの廃止を理由とする本件退職勧奨をし、元従業員がこれに応じないがためにした本件予備的解雇は明らかに信義に反するものであり、客観的・合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないとされました。

(ウ)実務的対応

以上の裁判例の動向に対して、本件最判が解雇有効性を高める要素にはなり得るとしても、未だ、その射程が見極められない以上、職種限定合意のある場合にも、解雇回避のための配転への高度の必要性を説明し、異職種への配転を受け入れない場合には解雇もやむなしと伝えて配転への同意を求め、これに応じない場合には、上記(ア)の解雇有効例を参考にして、退職勧奨のうえ、整理解雇法理の4要素(①人員削減の必要性 ②解雇回避努力義務を尽くしたか ③被解雇者選定の妥当性 ④手続の妥当性)も踏まえて、労使協議を尽くしたうえで、できれば、追加的な労働者の負担軽減措置としての退職金積増しなどをしたうえで(日本航空(パイロット等)事件・東京高判平26・6・5労経速2223号3頁)、整理解雇することを検討すべきでしょう。

6 職種限定合意ある労働者への対応について当事務所でサポートできること

職種限定合意は、今後、いわゆるジョブ型雇用や職務給制度の普及に伴って拡大して行くことが予想されます。職種限定合意ある労働者への対応として、次のような具体策の実施が必要となります。これらの点については、労働事件・労務管理について多くの経験を有する弁護士に相談するのが有益です。

1 労働条件明示義務への留意

労働条件明示義務の範囲の拡大の一環として、就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲(労基則5条第1項第1号の3)が明示対象になっています。そこで、職種限定合意を主張されたり、黙示の職種限定合意の認定を回避するためには、業務内容の変更範囲として、「当社業務全般」とし、かつ、就業規則にも勤務地や職種限定なく。あらゆる業務への異動がある旨を明記しておくべきです。

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2 就業規則への職種変更の可能性の明示

職種限定合意ある場合への備えとしては、当該職種が消滅した場合には、職種に親和性のある異職種への変更があり得る定めを置くか、解雇となる旨を明記すべきです。

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3 私傷病休職の復職可否の判断への留意

就業規則で、職種限定合意が認定される場合には、同限定合意された職種への復職が困難なままに休職期間が満了すれば、他の職種での就労の意思と能力があったとしても、その可否を検討することを要せず、自然退職となることを明示すべきです。

4 限定合意職種消滅の場合の整理解雇の手順の整備

本件最判が解雇有効性を高める要素にはなり得るとしても、未だ、その射程が見極められない以上、職種限定合意のある場合にも、解雇回避のための配転への高度の必要性を説明し、異職種への配転を受け入れない場合には解雇もやむなしと伝えて配転への同意を求め、これに応じない場合には、退職勧奨のうえ、整理解雇法理の4要素(①人員削減の必要性 ②解雇回避努力義務を尽くしたか ③被解雇者選定の妥当性 ④手続の妥当性)も踏まえて、労使協議を尽くしたうえで、できれば、追加的な労働者の負担軽減措置としての退職金積増しなどをしたうえで(シンガポール・デベロップメント銀行事件・大阪地判平12・6・23労判786号16頁<割増退職金の支給を提案>、ユナイテッド・エアーラインズ(旧コンチネンタル・ミクロネシア)事件・東京高判令3・12・22労判1261号37頁<早期退職に伴う特別退職金の支払>、日本航空(パイロット等)事件・東京高判平26・6・5労経速2223号3頁<割増退職金の支給>等)、整理解雇する手順を確認しておくべきです。

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Last Updated on 2024年8月8日 by loi_wp_admin


この記事の執筆者:弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所
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